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清居に触っていいかな

          ~ 平良ver ~ (1)

 

平良一成ひら かずなり(22歳)アシスタントカメラマン

清居きよい そう(22歳)新人俳優 

              高校時代の同級生の平良と同棲中

 

☆~~~☆~~~☆~~~☆~~~☆

 

薄紅色の桜の花びらが優しい吹雪のようにあたり一面に舞い散る。

 

平良一成は祖父の代から住んでいる緑に囲まれた古い日本家屋の門の外に立ち、よく晴れた青空を見上げた。

 

閑静な空気を切り裂くように遠くからゆっくりとエンジン音が響いてくる。

 

目を向けた先に黒いワンボックスカーが緩い坂になった砂利道を上がってくるのが見えた。

 

近頃、度々繰り返される朝の光景。

 

だが自分にとってあれは清居を連れ去る霊柩車のようだ。

 

あの黒い大きな塊に乗って欲しくない。

 

そしてできればどこにも行かず永遠に自分の傍に ・・・・・・。

 

それは決して口に出来ない願いだ。

 

平良が小さく溜息を吐いたとき、家の前に停まった車から濃いグレーのスーツ姿の男が降りてきた。

 

「おはようございます」

 

スマホを片手に持ち、いかにも言い慣れたように早口で挨拶する中年男性は清居のマネージャーだ。

 

二人が同棲していることはマネージャーも事務所も承知しているが、世間的には友人同士のルームシェアという約束になっている。

 

「お、おはようございます」

 

軽く頭を下げると、平良は静かな顔つきでくるりと背を向けた。

 

「今、呼んできますね」

 

 

 

「事務所の車、来たよ」

 

声をかけると、洗面所の鏡の前で前髪をチェックしていた清居が振り向いて微笑んだ。

 

「ああ、今行く」

 

朝日の中でキラキラと輝く光をまとうキング。

 

まるでスポットライトを浴びているかのようにそこだけが現実世界と切り離されている。

 

玄関に向かう清居を追いかけるように平良は無言で後に続いた。

 

「行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 

背を向けたまま穏やかに返される言葉。

 

この言葉が最後になるかもしれない。

 

いつもそう自分に言い聞かせる。

 

清居が今夜もここに帰ってくる保証など、どこにもない。

 

自分なんかが清居と一緒に暮らしていること自体、ありえない奇跡なのだ。

 

もし唐突に捨てられたとしても、それは神の決断。

 

自分のような石ころみたいな人間が逆らうことなど許されない。

 

 

 

毎朝、ベッドで目覚めた瞬間に必ず隣を確かめる。

 

そこに眠る清居の安らかな寝顔。

 

輝くその美しさを見るたびいつも思う。

 

―― これは幻?

         俺は幸せな夢の中にいるのか?

 

どれだけ時間を積み重ねても信じがたい光景。

 

身体に染みついた習慣のように自問していると、キングが長いまつげを瞬かせてゆっくりと目を開ける。

 

「おはよ」

「お、おはよう」

 

言葉を詰まらせながら挨拶を返す平良の、パジャマがはだけた胸元に清居がそっと右手を添えた。

 

「最近お前、胸筋ついてきたな」

 

「え? そう?」

 

「ああ、昨夜抱きしめてる時、そう思った」

 

顔を上げたキングが、自分に身も心も、そして命さえ捧げる臣下に柔らかく微笑む。

 

「やっぱカメラマンのアシスタントって、力仕事だからかな」

 

言いながら、添えていた右手が心臓のあたりをゆっくりとなぞる。

 

平良は思わず甘い溜息を吐いた。

 

このまま、この心臓をえぐり取られてもいい。

 

そうすれば清居への胸苦しい物思いも消えてなくなるのに ・・・・・・。

 

 

―――――――――――――――

 

 

「平良、レフ版も持ってこい!」

 

「は、はい!」

 

弾けるように返事をしながら平良はレンズの入った重いバックを左肩にかけると、右手でレフ版を手に取り走り出した。

 

著名な写真家の野口大海のアシスタント。

 

仕事はハードだが、最も尊敬する師の一番近くでその芸術的な作業の全てを目の当たりにすることができるのは、プロの写真家を目指す者として何よりも幸運なことだ。

 

だからどれほど辛くても、やめたいと思ったことは一度もない。

 

そしてこの仕事を続けたい理由はもう一つある。

 

いつか清居と同じ土俵で仕事がしたい。

 

他の誰でもない「清居 奏」の写真集を自分のカメラで撮ってみたい。

 

 

 

その日の仕事と後片付けを終えると、ソファーでコーヒーを飲んでいた野口が口を開いた。

 

「実はな、また写真集の話が来てんだよ」

 

「写真集ですか? 誰の?」

 

向かいに座る先輩アシスタントが尋ねると、野口は口の端で少し微笑みながら平良に目を向けた。

 

「清居 奏」

 

「えっ?」

 

思わず手に持っていたマグカップを落としそうになるのを、平良は辛うじて堪えた。

 

他人の口からその名を聞くだけで心臓がドクドクと波打つ。

 

ましてや ・・・・・・。

 

「彼のファースト写真集を出すことになった」

 

清居のファースト写真集。

 

それは清居にとっても平良にとっても念願だった。

 

そして清居が人気俳優として世の中に認められた証明でもある。

 

だが・・・・・・。

 

「やっぱりな」

 

まるで何もかもお見通しと言いたげに、野口は平良を見つめると確かめるように問いかけた。

 

「お前、悔しいんだろ。清居奏の初の写真集のカメラマンが自分じゃなくて」

 

「あ、いや、そんなことは・・・・・・」

 

平良はうつむいた。

 

野口の言うとおりだ。

 

だが、今の自分より野口の方がずっと、ずっと清居を美しく撮ってくれるだろう。

 

以前、野口に促されて清居のグラビアを撮ったことがある。

 

そしてファインダー越しの清居は変わらず美しかった。

 

表情がとてもいいと評価も上々だった。

 

けれど、足りないのだ。

 

野口が撮る、相手の心の奥底まで光を当て隠れていた魅力を引き出すようなインパクトが。

 

それらを目に見える形にする写真家としての技術と情熱が。

 

そんな自分が野口に嫉妬することさえおこがましい。

 

肩を落とす平良に、野口は少し身を乗り出しながら言葉をかけた。

 

「でな、ちょっと面白い企画を考えてるんだ」

 

「面白い・・・・・・企画?」

 

なんのことかわからず、きょとんとして目を上げた平良に、野口が悪さをしようとする子供のように悪戯っぽく微笑んだ。

 

「俺とお前とで、別々に清居奏の写真集を出す」

 

「ええっ?」

 

言葉の意味が呑み込めず、平良は思わず声を上げた。

 

「そんな、俺が撮ったのなんて売れるわけないじゃないですか!」

 

「もちろん、発行部数は同じじゃない。初版は俺が1万で、お前は ・・・・・・」

 

手にしていたコーヒーを一口飲むと、一瞬考えた後、野口は真剣な目で言葉を続けた。

 

「1,000だ」

 

平良の隣に座っていたチーフアシスタントが軽くうなずく。

 

「先生の10分の1・・・・・・ですか。まあ、妥当なとこですかね」

 

「どうだ? やるか?」

 

「む、無理です!」

 

考えることさえしない即答に、野口はむっとしたように眉をひそめた。

 

平良一成と言う男は、カメラマンとしてのセンスは悪くない。

 

なのに、肝心な「欲」が無いのだ。

 

被写体の内面をレンズの向こうに暴き出したいという欲が。

 

「自信がない・・・・・・か? お前は自信がある物しか撮らないつもりか?」

 

―― 自信。

 

自分は何のために清居を撮りたいのだろう。

 

理由なんてない。

 

ただ清居を、この世に類のない美しい神の姿をこの世界にとどめておきたいのだ。

 

黙り込む平良を諭すように野口は静かに言った。

 

「写真集ってのはな、ただカメラで撮ればいいってもんじゃない。コンセプトはもちろん、装丁や販売戦略も大事だ。それにどれだけ売れるか、話題になるかが、彼のこれからの俳優としての人気を左右することにもなる」

 

―― これからの人気を左右する。

 

野口の言葉を平良は心の中で反芻はんすうした。

 

超一流の写真家と名もないアシスタントの対決。

 

いや、対決なんておこがましい。

 

結果は考えるまでもなく明白だ。

 

だが確かにこの斬新な試みは話題になるだろう。

 

それだけ清居が注目される。

 

そう思えば自分なんかがどれだけ恥をかいてもかまわない。

 

けれど・・・・・・。

 

「ま、お前がどうしても嫌だって言うなら、無理強いはしないけどな」

 

まるで清居に対する思いを試しているかのような言葉。

 

そしてこの話は平良自身のカメラマンとしての将来にも重要な意味を持つ。

 

それを以前、野口は「チャンス」と言った。

 

今の自分と清居の間には、大きすぎる格差がある。

 

同じ土俵に立つためには、もっともっと上を目指さなければ。

 

平良はキュッと唇をかむと静かに顔を上げた。

 

「・・・・・・少し、考えさせてください」

 

 

―――――――――――――――

 

 

遅い時間に帰宅すると、家の中から煌々と明かりが漏れていた。

 

清居が先に帰っているのだ。

 

ホッと安堵の溜息をつき平良が玄関の引き戸を開けると、奥から清居が転がるように走り出てきた。

 

「た、ただいま」

 

「平良!」

 

名前を呼びながら、まだ靴を脱いでいない平良に清居が抱き着いてきた。

 

「ど、どうしたの?」

 

自分の方が遅く帰ることもあるが、こんな風に出迎えられたのは初めてだ。

 

戸惑う平良の耳元に清居が抑えきれず声を弾ませる。

 

「俺・・・・・・」

 

興奮を鎮めるように一度だけ深く息を吐く。

 

 

 

「BLドラマの主役やることになった!」

 

 

 

 

 

~ to be continued