※画像は「photo AC」様よりお借りしています。

 

草川拓弥さん主演のドラマ「みなと商事コインランドリー2」が終わり、なかなかロスから抜けられないので、「チェリまほ」の六角とのコラボストーリーを書きました。

 

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「あの夏の日」- 前編 -

 

「みなと商事コインランドリー2」公式HPは こちら

小説の<目次>は こちら

 

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水平線の付近にほんのりと朱色を残した海沿いの道を、大学の授業を終えた香月慎太郎かつきしんたろうはやる心を抑え急ぎ足で歩いていた。

 

最近、医学部のレポート提出に追われ、帰宅時間が午後10時を過ぎることが多くなっていた。

 

それは恋人の 湊晃 みなと あきらが経営するコインランドリーの営業終了時刻だ。

 

いつもなら明かりの消えた店の前を素通りし、まっすぐに二人で住む家へと向かう。

 

けれど今日は、やっと全てのレポートが終わり、腕時計が示す時刻は午後7時。

 

商店街の外れにある店には薄暗がりの中の道標みちしるべのように煌々と明かりがついている。

 

だが店に近づくとシンはピタリと足を止めた。

 

中から湊の弾けるような笑い声が響いてきたからだ。

 

「ははは、何だよそれ」

 

「いや、それがさぁ・・・・・・」

 

同じように明るさを伴って聞こえてきたのは友達の明日香や常連客のそれではない。

 

不審に思い店の入り口に身を潜めて中の様子をうかがう。

 

そこには湊とこちらに背を向けてスーツ姿の男が座っていた。

 

―― 誰だ?

 

明らかに自分が知らない男、しかも後姿は若そうだ。

 

そして何より湊が心を許したように親しげに話している。

 

「よう、シン、おかえり」

 

入り口に佇む気配に気づき軽く手を上げて湊が微笑むと、向かいに座っていた男が振り返った。

 

明るい色合いの髪にガラス玉のように透明感のある瞳、卵形の輪郭をしたその顔がどことなく湊に似ている。

 

「た、ただいま」

 

疑心に満ちた目でぎこちなく言葉を返すと、すぐに気づいた湊が口を開いた。

 

「ああ、こいつ従兄弟いとこ六角祐太ろっかくゆうた

 

「従兄弟?」

 

「うん、俺の母さんの妹の子供」

 

「あ、そう・・・・・・なんですね」

 

ホッとため息をついて笑顔を見せるシンに湊は促した。

 

「そんなとこ突っ立ってないで、早く入って来いよ」

 

「はい」

 

とりあえず何かあやしい関係でなくてよかった。

 

顔が似ているのも従兄弟なら納得できる。

 

シンの表情にいつもの穏やかさが戻ったことを見届けると、湊は六角に目を向けた。

 

「祐太、こいつは香月慎太郎。俺の・・・・・・」

 

ほんの一瞬だけ間が開いたものの、湊はすぐに何気ない口調で言った。

 

「俺の恋人。今、一緒に住んでんだ」

 

―― 恋人。

 

日頃は照れ屋の湊が人前でこんなことを言ってくれるとは思いもしなかった。

 

少し驚きを含んだ表情でシンは湊を見つめた。

 

自分たちのことを取り繕うことなく正直に言ってくれたことが嬉しい。

 

以前、高校時代の恩師の佐久間に二人が付き合っていることを打ち明けた時は、あれほど挙動不審だったのに。

 

この進歩は湊が自分との関係に真剣に向き合ってくれている証拠だ。

 

そう思うと、嬉しくて嬉しくて涙が出そうになる。

 

けれど果たして六角に受け入れてもらえるだろうか。

 

もし湊が好奇や嫌悪の目で見られたとしたら申し訳ない。

 

不安な気持ちで六角の顔色をうかがう。

 

すると、

 

「へえ、めっちゃイケメンじゃん。晃兄あきらにい、良かったね、おめでとう」

 

「うん、ありがと」

 

 素直に祝福した六角が椅子から立ち上がる。

 

そしてシンの目の前にまっすぐに右手を差し出した。

 

「初めまして。晃兄の従兄弟の六角祐太です」

 

曇り一つない無邪気な顔で六角が笑う。

 

だがその笑顔の明るさにシンは戸惑っていた。

 

これまで、友達の明日香や妹の桜子、そして高校時代の恩師である佐久間は二人の仲を心から祝福してくれた。

 

だが、その他の人間には自分たちの関係をあえて言わないようにしている。

 

LGBTとかボーダーレスとか言葉は一般化しても、やはり男同士のカップルは奇異な視線を向けられることが多い。

 

なのに今、目の前にいる六角はニコニコと満面の笑顔だ。

 

「香月慎太郎です。よろしくお願いします」

 

 六角の右手を柔らかく握り返すと、背後で見守っていた湊が話し出した。

 

「祐太は大学卒業して東京で仕事してんだけど、昨日から出張でこっちに来てんだって。入社2年目だからお前より5歳上かな」

 

湊の言う年齢より六角は若く見える。


自分と同い年と言われても、さほど驚きはしなかっただろう。

 

「そうなんですね」

 

「はい、1週間ぐらいこっちにいます」

 

やや硬さを含んだシンと六角のやりとりに、湊が可笑しそうに笑って言葉をそえた。

 

「祐太さぁ、5コ上なんだからタメ口でよくね? な、シン」

 

「あ、はい」

 

 シンが言葉を返すと、六角も素直にうなずいた。

 

「じゃあ、そういうことでヨロシク!」

 

屈託のない笑顔が可愛い。

 

そして素直でいい人そうだ。

 

そんなところも湊に似ている。

 

いや、照れ屋で恥ずかしがりの湊よりもやや社交的なのかもしれない。

 

いずれにせよ、今日会ったばかりなのに心を許せそうな人だとシンは思った。

 

「シンは医学部の学生なんだ」

 

「医学部? すごいね」

 

感心したように六角が声を上げると、一瞬、湊の顔から笑みが消え真剣な色があらわれた。

 

「だろ、俺と違って頭いいんだ、シンは」

 

「なに言ってんだよ。晃兄だって・・・・・・」

 

「俺の話はいいんだよ」

 

かばうような六角の言葉を遮ると、湊は話を変えるようにパン!と手を叩いた。

 

「じゃあ、今日はお客さんもいねえし、早終はやじまいして帰るか。祐太、今夜泊まってく?」

 

「や、俺は会社でホテル取ってもらってるからいいよ」

 

「そっか、じゃあ、夕飯食ってけよ」

 

「いいの?」

 

「ああ、俺が自家製の美味いハンバーグ食わしてやる」

 

「え、晃兄が作ってくれるの?」

 

「ああ」

 

「ええ? 大丈夫?」

 

「はあ? 馬鹿にすんな。泣くほど美味いやつ食わしてやるよ。な、シン」

 

いかにも仲良さげな二人のやりとりを半ば蚊帳の外で聞いていたシンは、同意を求められてやっと微笑んだ。

 

「はい、湊さんのハンバーグ、すごくおいしいです」

 

 

―――――――――――――――

 

 

「うわー! 懐かしい」

 

二人で住んでいる家に入るなり、六角が歓喜の声をあげた。

 

かつて祖父母が暮らしていたこの家に来るのは久しぶりだ。

 

「あー、これ、まだ残ってる」

 

思わず駆け寄るようにして六角が指差したのは居間の角にある茶色い柱の傷だ。

 

「俺が小3で、晃兄が中2の時だっけ。ここで背比べしたよね」

 

「ああ、そうだったな。柱に傷つけちゃって、俺の母さんにすげえ怒られたっけ」

 

「そうそう、あん時、爺ちゃんが取り成してくれたんだよな」

 

「はは、そうだな」

 

二人の背後、少し離れて立っていたシンの顔に切ない影が浮かぶ。

 

従兄弟同士の二人にとってはよくある何気ない思い出話。

 

そして自分はその中に入ることはできない。

 

誰よりも近くにいると思っていたのに自分の知らない湊がそこにいる。

 

それは決して埋めることのできない透明な溝。

 

シンの憂いには気づかず、湊はシャツを腕まくりするとキッチンに向かった。

 

「さぁーてと、じゃあ作りますか、絶品ハンバーグ」

 

「俺も手伝います」

 

気持ちを切り替えるようにシンは明るく微笑んだ。

 

二人で暮らすようになってから家事は分担している。

 

だが夕食作りと後片付けだけはできるだけ二人で一緒にするようにしている。

 

並んでキッチンに立つひと時が一日の疲れを癒す幸せな時間だ。

 

けれどいつものように後に続こうとするシンを、振り返った湊が押しとどめた。

 

「今日はいいよ、ずっとレポート書いてて疲れてるだろ。座って待ってろ」

 

「え、でも・・・・・・」

 

どんな時でも湊のそばにいたい。

 

すがるように揺れるシンの瞳を見つめ返すと湊は白い歯を見せて笑った。

 

「マジでいいから」

 

優しく言いながらシンの肩に手をかけた湊は、その肩越しに視線を投げた。

 

「祐太、お前は手伝え」

 

「はあ? 俺、客なんだけど」

 

「何言ってんだよ、手伝わねえなら飯代取るぞ」

 

有無を言わせない湊の言葉に六角は観念したように肩をすくめると、ペロッと舌を出した。

 

「はいはい、わかりました」

 

 

 

湊に命じられ、冷蔵庫からひき肉、玉ねぎ、卵、そして最後にパン粉を取り出すと、六角はまな板と包丁を洗っている湊に背後からささやくように声をかけた。

 

「ねえ、晃兄」

 

「なんだよ?」

 

「やっぱ、シン君に手伝って貰ったほうがよくね?」

 

「だからダメだって。シンは疲れてんだから」

 

「でもさあ、あれ・・・・・・」

 

振り返ると、促す視線の先に居間でポツンと座るシンの姿があった。

 

それはリラックスするでも疲れているでもなく、ただ一人で寂しそうにうなだれている。

 

「晃兄って、相変わらず鈍感だよな」

 

「はあ? 何言ってんだよ!」

 

反論するように強く問い返したものの、あの様子を見れば年下の従兄弟が言いたいことはわかる。

 

シンのために良かれと思い、座ってろと言ったのだが、結果として疎外感を感じさせてしまったのかもしれない。

 

愛しい人につまらないことで寂しい思いをさせるなんて、年上の恋人として失格だ。

 

そう言われている気がした。

 

「ほら! いいから早く呼びなよ」

 

「あー、もうわかったよ」

 

ここは従兄弟の提案に素直に従う他ない。

 

あっさり観念すると湊はまな板と包丁から手を離した。

 

「シン、りぃ、やっぱちょっと手伝ってくんねえか?」

 

居間に向かって叫ぶと、顔を上げたシンの瞳がパッと輝いた。

 

「はい!」

 

 

 

「じゃあ、米研いでくれる?」

 

「はい、わかりました」

 

にっこりと笑ったシンは、慣れた手つきで米を測り始めた。

 

「えっと、3人分だから・・・・・・」

 

背を向けてつぶやく声が明るく弾んでいる。

 

先ほどまであった憂いはすっかり消え去ったようだ。

 

「ほらね」

 

シンに聞こえないように耳元でささやくと、湊は不思議そうに尋ねた。

 

「お前さ、何でわかんだよ?」

 

見た目のチャラさとは違い意外と気配りのできる従弟だが、男女ともに友達は多くてもこれまで特定の恋人はいなかったはずだ。

 

だから恋愛の細やかな機微などわかるはずもない。

 

首を傾げる湊の隣で、六角は意味ありげに小さく笑った。

 

 

―― そりゃあ、わかるよ。

         毎日会社で超ラブラブの

         カップル見てんだから。





後編につづく