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「舐める男」
OPテーマ omoinotake 「産声」
EDテーマ DEEP SQUAD 「Good Love Your Love」
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週末の朝8時。
「夜長月」の異名を持つ9月に入ったというのに、残暑はまだまだ厳しい。
薄暗い部屋の中に容赦なくアラーム音が響き渡る。
ノロノロと這い出るようにしてベッドから重い身体を起こした安達は、カーテンを開けるとまぶしく差し込む朝日に思わず目を細めた。
「今日も暑そうだなあ」
次の季節にその座を明け渡すことなく居座り続ける夏に、思わず愚痴めいた言葉が漏れる。
今日は土曜日。
普段ならもう少しのんびりと昼過ぎまで寝ているところだが、今朝は部屋の掃除をするためいつもより早めに起きた。
昼頃、黒沢が遊びに来ることになっているのだ。
「今度の土曜さ、安達の家に行っていい?」
数日前、オフィスの休憩スペースで、黒い瞳をキラキラと輝かせた美しい恋人の問いかけを断る理由などもちろんない。
「うん」
素直にうなずく安達に、黒沢も笑顔で話を続けた。
「お昼、俺が作るから一緒に食べよ」
言葉の最後に軽くウインクする。
こんなキザな仕草を嫌味なくやってのけるのが黒沢なのだ。
「さてと、こんなもんかな」
時計の針が正午を告げるまであとわずか。
ベッドのシーツを取り換え、室内に散らばっていた漫画や衣類を片付けてテーブルを拭き終えた頃には、ベランダに干した洗濯物が乾いた風に心地よく吹かれていた。
ピンポーン。
インターフォンが軽やかに鳴り響く。
急いでドアを開けると、目の前に立つ笑顔の黒沢が白いケーキBOXを差し出した。
「じゃーん! パティスリーGINZAの<最高級カカオのエクレア>と<黄金のシュークリーム>だよ」
「え!すっげぇ、TVでやってるの見たよ。1日限定30個とかなんだろ?」
それは銀座の老舗洋菓子店で最近話題になっているスイーツだ。
だが、超が付くほどの人気のせいでオープンから数分で売り切れてしまうらしい。
「うん、だから今朝、開店前から並んだんだけど、一人2個までしか買えなくてさ。それぞれ1個ずつになっちゃった。ごめんね」
「何言ってんだよ。充分だよ」
―――――――――――――――
黒沢が作った冷やし檸檬ラーメンと梅肉を添えたシラスご飯で昼食を済ませた後、洗い物を終えた安達がシュークリームの入った箱とアイスティーを運んできた。
「せっかくの土曜日なのに悪かったな、朝から並ばせて」
「ううん、安達が喜んでくれたら、俺はそれだけで嬉しいよ」
「そっか、ありがとな」
気遣ってくれる黒沢の言葉がちょっぴりこそばゆい。
二人が付き合い始めて10か月近くになるが、黒沢のストレートな愛情表現にはまだまだ慣れることができない。
照れ臭そうに鼻先を指で軽く弄んでいると、黒沢が箱を開けて安達の目の前に差し出した。
通常のものより大きめのエクレアとシュークリームから、甘い香りが優しく漂う。
「どっちにする? 安達の好きな方でいいよ」
「いいの? じゃあ・・・・・・」
迷うように安達は眼をきょろきょろさせた。
エクレアはたっぷりとかけられた濃い茶色のチョコレートがつやつやして、いかにも甘くておいしそうだ。
一方シュークリームは一見するとやや大ぶりのよくあるタイプなのだが、カスタードクリームが絶品で一度食べたら病みつきになるとTVで紹介されていた。
どちらも捨てがたい。
「うーん、どうしよう、やっぱシュークリームかなぁ。でも ・・・・・・」
なかなか決められそうにない安達を微笑ましく見つめていた黒沢が、ひらめいたように提案した。
「じゃあ、半分こしよっか」
「おう、それな」
さすが黒沢は機転が利く。
うなずきながら、安達はもう一度立ち上がった。
「ちょっと待ってて、ナイフ取ってくるね」
半分ずつ、黒沢が丁寧に切り分けてくれた。
安達が最初に手にしたのは<黄金のシュークリーム>だ。
隙間なくぎっしり詰まったカスタードクリームの濃い黄色がまさに<黄金>のように輝いている。
はみ出さないよう、ゆっくりと慎重にかぶりつく。
「何これ? うんま!」
目を大きく見開いて、安達が感嘆の声を上げる。
口の中に広がるその上品な甘さと蕩けるような舌触りは、これまでに食べたことのないものだ。
きっと卵も特別なものが使われているのだろう。
「そっか、よかったぁ」
いかにも幸せそうな安達の笑顔と「うんま!」に、黒沢はホッと胸をなでおろした。
この一言を聞きたいがために、開店の2時間前から並んだのだ。
早朝とはいえまだまだ暑さの厳しい日差しが照り付ける歩道で、じっと立っているのは楽ではなかったが、安達の笑顔を見た瞬間に苦労は全て吹き飛んだ。
そして、一心に頬張る安達の顔をよく見ると、赤い上唇にカスタードクリームが小さな綿菓子のようにちょこんと乗っている。
―― あ、クリームついてる。
可愛い💖
あまりにも予想通りの状況を今すぐスマホで撮りたいのだが、それをすると恥ずかしがり屋の安達に間違いなく嫌がられる。
もしかしたら拗ねられてこの幸せな空気をぶち壊しにしてしまうかもしれない。
でも、やっぱり・・・・・・。
葛藤を隠しつつ意味ありげに見つめている黒沢の視線に気づくと、安達はきょとんとした顔で問いかけた。
「何見てんだよ?」
「や、クリームついてるよ」
「えっ、ヤバ! 恥ずかし」
そう言いながらも右手のシュークリームと左手に持ったアイスティーの入ったグラスは離さない。
だがその時、ふと気づいたように安達は上目づかいで黒沢を見つめた。
「・・・・・・黒沢」
「ん?」
「取ってよ」
軽くあごを上げて黒沢を促す。
甘えを含んだその瞳には無邪気さと、たぶん自覚のないわずかな<あざとさ>が含まれている。
小悪魔のような思わせぶりなその態度を、安達はいつどこで覚えたのだろう。
―― え、もしかして誘ってる?
いや、安達に限ってそんな ・・・・・・。
真意を測りかねて黒沢の心は二つに分かれた。
だがもし安達がその気なら遠慮はいらない。
手にしていたシュークリームを静かに皿に置くと黒沢はうなずいた。
「いいよ」
そのまま両手で安達の身体を抱き寄せる。
「ちょっ、何す・・・・・・」
思いがけない黒沢の行動。
てっきり指先で取り除いてくれるものとばかり考えていた安達が戸惑うように体をよじる。
軽く開いたその唇に黒沢が優しくキスをする。
「ん・・・・・・」
小さくため息を漏らした安達は、やがて諦めたように黒沢の唇の動きに身を任せた。
こういう時の黒沢に逆らっても無駄なことはもう充分に分かっている。
しばらくして身体を離すと、顔を赤らめた安達がなじるように言葉を吐いた。
「もう、何やってんだよ」
照れ隠しに頬を膨らませた次の瞬間、黒沢の顔を正面から見た安達は声を上げて笑い出した。
「あはは、黒沢も付いてる、クリーム」
「え? どこに?」
たった今、安達を抱きしめた両手の指先で顔をなぞる。
だが、口元に付いたクリームはその指先をうまくすり抜ける。
「だからぁ、ここ!」
もどかしげに黒沢の頬に顔を寄せた次の瞬間、
―― ペロッ!
安達の舌先が黒沢の口元を柔らかくかすめた。
「えっ?」
突然の出来事に目を大きく見開いて見つめる黒沢から顔を背けると、安達は言い訳するように言葉を吐き出した。
「しょうがねーだろ、両手ふさがってんだから」
そう、さっきから変わらず、その手にはシュークリームとグラスが握られたままだ。
誰も取らないのに、決して手放そうとしないその仕草が子供みたいで胸がキュンと高鳴る。
―― ああ、もう!
こんな可愛いことされたら
マジで心臓が持たない。
だが、その心臓がどうなっても構わない。
黒沢はもう一度大きく身を乗り出した。
安達からしてくれるなんて滅多にない、それこそ奇跡に近いことなのだから。
「ね、安達、もう一回やって」
「はあ? やだよ」
「いいじゃん、もう一回だけ、ね?」
「だから、やだってば!」
驚かされた仕返しに軽い気持ちでやったことだが、黒沢ならこういう展開になることは予想できた。
なのにうっかりしてしまった自分を反省しながら強い口調で拒む安達に、黒沢が両手を合わせて食い下がる。
「ねえ、お願い」
「やだ!」
果てしなく繰り返されるたわいないやり取りの傍らで、テーブルの上のアイスティーに浮かんでいた氷がカランと音を立てた。
💖おしまい💖
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作者よりお知らせ
ここまでお読み頂きありがとうございます。
しばらく休ませて頂きましたが、今回から更新を再開します。
相変わらずのゆっくりペースになりますが、よろしくお願い致します。
藤沢飛鳥