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「決戦前夜」
OPテーマ omoinotake 「産声」
EDテーマ DEEP SQUAD 「Good Love Your Love」
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爽やかな青空が広がる土曜日の朝。
朝食を終えた安達はカレンダーにつけた赤い二重丸を見つめて拳を握りしめた。
いよいよ明日は黒沢の実家に挨拶に行く日だ。
「そろそろ行こっか」
まるで近所に散歩にでも行くかのような黒沢の気軽な呼びかけに振り返ると、安達は力強くうなずいた。
「おう」
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二人がやってきたのは新宿にあるメンズファッションのセレクトショップ。
明日着ていく服を黒沢が選んでくれることになったのだ。
洗練されたセンスの持ち主である黒沢がコーディネートした数枚のジャケットと細身のパンツを手に二人で広めの試着室に入る。
「やっぱり清はブルーが似合うね」
いかにも満足そうに笑顔で褒め称える黒沢の前で、安達は強張った表情のまま立ち尽くしていた。
「もしかして緊張してる?」
今朝の安達は極端に口数が少なかった。
問いかけるまでもなくそのピリピリとした思いが伝わってくる。
ずっと張り詰めていたものを吐露するかのように安達が深く息を吐いた。
「そりゃ、そうだろ」
黒沢の話では父からの承諾は何とか取り付けたものの、母はいまだに安達に会うことに難色を示していると言う。
そしてたぶんどれだけ身なりを整えても気に入られることは無いだろう。
今、目の前に立っている黒沢優一と言う人間をここまで完璧に育てあげた人だ。
そんな母からすれば自分はどれだけ卑小でつまらない男に見えるだろう。
一流大学を卒業し営業成績もトップ、さらにイケメンで女性たちの憧れの的である黒沢に比べたら、自分は容姿も仕事も胸を張って自慢できるものなど何ひとつない。
可愛い息子とこんな冴えない男が・・・・・・。
そう考えれば母親として落胆するのは当たり前だ。
試着室の鏡に向かって深いため息をつく安達に、黒沢は何かを思いついたように目を輝かせた。
「ちょっと待ってて」
しばらくして戻ってきた黒沢が手にしていたのは短パンとトレーナーだ。
そして声を弾ませながら笑顔で問いかける。
「あと、これもいい?」
安達は思わず大きく首を横に振った。
「似たようなの持ってるからいいよ」
この店はジャケットだけで十万円近くする。
これまで安達が身に着けていた物の数倍だ。
余計な物を買う余裕など無い。
はっきりと拒絶する安達に黒沢が食い下がる。
「でも、家にあるの少しくたびれてきたじゃん」
言いながら、黒沢が軽くウィンクする。
「俺が買うから、ね♡」
言葉の最後にハートマークが見えるようだ。
相変わらずカッコイイその仕草に逆らえるはずもない。
不安でいっぱいの安達とは対照的に黒沢はどこまでも呑気だ。
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その日の夜、夕食を終え買って来たジャケットとパンツをもう一度着てみると、目を細めた黒沢が満足げにうなずいた。
「うん、いいね、完璧!」
「そ、そうかな」
確かにコーディネートは非の打ち所がないが、それを身に着けている自分は、ぱっとしない男が高級な借り物を着せられているかのようでなんだか居心地が悪い。
今ひとつ納得出来ない顔つきの安達に黒沢が微笑んで言葉を添えた。
「シンプルで清潔感もあるし、安達らしくていいと思う」
さすが営業成績トップの黒沢の言葉には説得力がある。
それに今更ジタバタしてもしょうがない。
明日はただ、等身大の自分を見てもらおう。
結果はどうあれ自分たちの気持ちに何一つ揺らぎは無いのだから。
己を鼓舞するように安達がうなずくと、笑顔の黒沢が紙袋に残っていた短パンとトレーナーを取り出した。
「俺が買ったのも着てみてよ」
「おう」
促されるまま着替えた安達は鏡に映った姿を見ると思わず声を上げた。
「あー、もう、何だよこれ!」
オーバーサイズのトレーナーは肩が落ち首元もユルユルで大きく開いて、鎖骨の辺りが丸見えだ。
丈も長めで履いている短パンが隠れてしまい、まるで何も履いていないかのようにも見える。
「いくらなんでもデカ過ぎだろ」
タグを確認すると「3L」になっている。
かつて安達用のパジャマのサイズをピタリとあてた黒沢が、ここまで間違えるはずがない。
だとしたら明らかに別の意図があったのだ。
「だって、このほうがさ」
怒りモードの安達をなだめるように後から優しくハグしてきた黒沢が、襟元から右手をゆっくり差し入れる。
やはりそうだ。
黒沢の目的はこれだったのだ。
「バカ、やめろって!」
振り解こうとしても、強い力で押さえつけられて抵抗できない。
そして黒沢の顔から先程まであった優しい笑みが消え、獲物を狙うハンターのような鋭い目つきに変わった。
「ちょっ、優一!」
胸元をまさぐる黒沢の指先が敏感な部分に振れると、安達の口元から思わず甘い溜息が漏れた。
「ん・・・・・・」
思い通りの反応に嬉しそうに顔をほころばせると黒沢は手を止めて身体を離した。
そして「おあずけ」とでも言いたげに悪戯っぽく笑った。
「続きは後でね」
さらに一瞬で気持ちを切り替えたかのように、平然とした口調で言った。
「お風呂の準備するね。一緒に入ろ」
「はあ? やだよ、恥ずかしい」
まだ興奮が冷めない安達が顔を赤らめ強い口調で拒むと、黒沢はおどけた様子でペロッと舌を出した。
「なぁんだ、残念」
笑って背を向け風呂場に向かう黒沢を安達は見つめた。
ぶかぶかのトレーナーは凝り固まった安達の心を解きほぐそうとしてくれた黒沢の優しさだ。
わずかにエロさも含んだ思いやり。
指先まで隠れた袖をまくり上げながら、安達は鏡に映る自分の姿にもう一度目を向けた。
たぶんこれからも何度かこの格好をすることになるだろう。
そんなことを考えながら、安達は小さくつぶやいた。
「ま、いっか」
―――――――――――――――
ベッドで身を寄せ合うと黒沢はまだ不安げな表情を見せる安達の頭を優しくなでた。
「やっぱ、緊張してる?」
「だって、絶対反対されるし・・・・・・」
「まあ、そうだね」
他人事のような口ぶりに、安達は拗ねるように問いかけた。
「じゃあ、なんでそんな落ち着いてんだよ」
穏やかに笑うと、黒沢は安達を真っ直ぐに見つめた。
「俺は早く紹介したくてたまらないんだ。俺にとって誰よりも可愛くて誰よりも愛しい宝物の清を」
―― 宝物。
そう言われることは少しこそばゆいが、自信に満ちたその口調が心の中にある不安の影を消し去ってくれる。
そしてその思いは自分も同じだ。
二人が出会えた幸運を、こうして寄り添って生きていける幸せを、誰に恥じることもなくすべての人に胸を張って伝えたい。
「それにね、母さんならきっとわかってくれる」
自分自身に言い聞かせるように、黒沢は静かにそして確信に満ちた顔つきで言った。
「だって、俺の母さんだもん」
そうだ。
明日会うのは黒沢のご両親だ。
息子として恋人として形は違っても、黒沢を愛しているという意味で思いは同じだ。
飾ることも遠慮することもなく正直にこの思いを伝えれば、きっと心が通じるはずだ。
「うん」
うなずく安達のあごに手を当て顔を上げさせるとその唇に優しくキスをする。
柔らかくて甘い感触に身を委ねながら、これからもずっとこの唇に触れていたいと互いに強く願った。
そしてそのためにも ・・・・・・。
目を閉じて黒沢の唇の動きに身を委ねながら、安達は心の中でギュッと拳を握りしめた。
明日はいよいよ決戦だ。
💖おしまい💖
「IF~もしもあの時③」に続きます。