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「ウブとラブと愛の巣と」後編

 

OPテーマ omoinotake 「産声

EDテーマ DEEP SQUAD 「Good Love Your Love

 

ドラマのあらすじは こちら

小説の<目次>は こちら

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湊が話していたその場所は、濃い茶色に塗られた木製の壁が緑のシダの葉で覆われた南国風の外観で、「Balian Hotel」と大きく書かれた看板がオレンジ色の光でライトアップされていた。

 

いかにも女性受けしそうな雰囲気に、いわゆる「ラブホテル」の持つ背徳的で暗いイメージはない。

 

一緒に住んでいる自分たちには、本来なら行く必要のない場所だ。

 

だが時々、二人のベッドで腕の中にいる安達をもっともっと狂わせてみたい、そんな衝動に駆られることがある。

 

けれどその一方で、今のまま、あどけなさの残る安達を永遠にこの手の中に閉じ込めておきたいと願う気持ちもある。

 

「清、あのさ・・・・・・」

 

そう言ったきり、黒沢は黙り込んだ。

 

もしここで中に入ろうと誘ったら、安達は少し驚くかもしれないが拒むことはしないだろう。

 

だがそれは安達の気遣いであり、たぶん本心ではない。

 

どんな時でも黒沢の気持ちを優先してくれる安達に無理強いはしたくない。

 

けれどこのタイミングを逃したら、ラブホに入ることなど当分ないかもしれない。

 

―― どうする? どうしたらいいんだ!

 

ポーカーフェイスのまま心の中で葛藤する黒沢に安達が戸惑うように名を呼んだ。

 

「優一?」

 

少し首をかしげて問いかける濁りのない瞳は、まるで澄み切った泉のようだ。

 

注意深く黒沢の顔を見つめていた安達が小さく声を上げた。

 

「あ、もしかして気分悪い? 水、買ってこよっか?」

 

黒沢のエロティックな思惑など露ほども知らず、心から心配そうに尋ねる。

 

今夜の黒沢は飲み過ぎたようには見えなかったが、最近忙しくて仕事の疲れがたまっているのかもしれない。

 

「それとも、どっかで休む?」

 

言いながら安達は辺りを見回した。

 

終電に近いこの時間、開いているのはコンビニか飲み屋ばかりだ。

 

「カフェとかはもう閉まってるし・・・・・・」

 

キョロキョロと目を走らせるその視線の先には、当然その場所が見えているはずだ。

 

「あっ、そうだ!」

 

何かに気づいたように安達が目を輝かせると、黒沢の心に希望の光が差した。

 

もし安達から言い出してくれたら、心置きなく中に入ることが出来る。

 

そうすれば今夜は湊が言っていた天蓋付きのベッドで・・・・・・。

 

二人きりの濃密な時間を妄想し思わずにやけてしまう口元を黒沢は辛うじて制した。

 

すると安達は・・・・・・。

 

 

「この先に公園あったよな。ちょっと距離あるけど歩ける?」

 

 

真顔で尋ねるその瞳には、〈御休憩〉〈御宿泊〉と書かれたラブホ特有の案内板の文字など全く映っていないようだ。

 

そしてそのじれったいほどの鈍感さは、いかにも安達らしい。

 

黒沢はこらえきれずに声を立てて笑い出した。

 

「ふふ、あはは」

 

「優一?」

 

予想外の反応にキョトンとした目で安達が見つめている。

 

そう、こんなカワイイ安達が大好きなのだ。

 

黒沢は納得したようにうなずいた。

 

自分たちはこのままでいい。

 

ゆっくりじっくり、お互いの気持ちを大事にしながら、のんびりと歩いていけばいい。

 

「大丈夫だよ」

 

黒沢は満足そうに、けれど心の片隅にわずかな残念さを秘めながら、柔らかく微笑んで安達の左手を取った。

 

「帰ろ」

 

それはいつもの黒沢だ。

 

自分の心配が杞憂に終わったことにホッと溜息を吐くと、安達は黒沢の手を握り返した。

 

「うん」

 

 

―――――――――――――――

 

 

二人で住むアパートに帰りつき、別々に風呂を済ませてベッドに並んで横たわる。

 

互いのぬくもりを感じ誰よりも近くにいられるこのひとときが、一番幸せな時間だ。

 

向き合って身を寄せると安達が話し始めた。

 

「あのさ・・・・・・」

 

「ん?」

 

「実はさっき湊くんから言われたんだ、柘植と二人でラブホに行ったって」

 

「そうなんだ」

 

廊下で話のほとんどを立ち聞きしていたのだが、黒沢はわざと知らないふりをした。

 

安達がどう思っているのか知りたかった。

 

「それでさ」

 

「うん」

 

「その・・・・・・」

 

一瞬、口ごもるように間が空いたが、安達は神妙な顔つきで尋ねた。

 

「優一も、そういう所に興味ある?」

 

―― あるある、大あり!

 

そう言いたいところだが、それでは露骨すぎて安達に引かれてしまう。

 

黒沢は努めて冷静な顔つきで言葉を返した。

 

「まあ、無いこともない・・・・・かな」

 

「そう・・・・・・なんだ」

 

安達は複雑な気持ちでうなずいた。

 

やはり思っていた通りだ。

 

これまで黒沢から言われたことはないが、もしかしたらずっと我慢してくれていたのだろうか。

 

黒沢はいつも優しく愛してくれる。

 

湊が言うような気絶するほど激しく抱かれたことは一度もない。

 

だからこの部屋でも特に不都合は無かった。

 

だが、黒沢が正直な気持ちを抑えてくれていたのだとしたら申し訳ない。

 

そう考えながらも、今より先に踏み出すのは少し怖い気もする。

 

うつむく安達の頬を黒沢はそっとなでた。

 

安達の戸惑いが手に取るようにわかる。

 

「でもね、このベッドは俺たちだけのものだろ。それにこの部屋も俺たちだけの〈愛の巣〉。俺はそれだけで充分」

 

―― 愛の巣。

 

少し古めかしいが、今の自分達にはしっくりくる言葉だ。

 

互いに心から愛し合い、二人で同じ時間を積み重ねていく大切な空間。

 

そんな場所はここ以外に無い。

 

「うん」

 

深くうなずいた安達だが、わずかに沈黙した後、うつむいたまま少し早口になりながら言った。

 

「でも俺、優一ならいいよ、どんなことされても」

 

「えっ」

 

驚いて声を上げる黒沢の視線を避けるように、安達は素早く背を向けた。

 

「おやすみ!」

 

「え、ちょっ、清!」

 

そのまま頭から掛布団を被り、かたくなに身を隠そうとする安達に、黒沢は懇願した。

 

「今の、もう一回言って」

 

「はあ? やだよ!」

 

「ね、お願い」

 

黒沢の言葉を無視するように、安達は黙り込んだ。

 

―― 優一ならいいよ。

 

照れながらもそう言ってくれたことが嬉しくて泣きそうになる。

 

決して顔を見せようとしない安達を見つめながら、黒沢は考えた。

 

―― 朝になったらあのホテルの

        一番いい部屋を予約しよう。

        いや、ネットだったら

        今からでも出来るよな。

        泊まるならやっぱり今度の週末か。

        うん、そうだ。早い方がいい。

 

あれこれ思案していると、安達がこもっている掛け布団の中から安らかな寝息が聞こえてきた。

 

起こさないようそっと静かに手を伸ばし、ベッドの横にあるサイドテーブルからスマホを手に取る。

 

ホテル名で検索すると室内を紹介する画像が次々に表示された。

 

天蓋付きのキングサイズのベッド。

 

そのベッドで寝ながら観られるように壁一面に設置された大型のプロジェクター。

 

ロビーにはダーツやビリヤードもあるようだ。

 

その中の一枚に目を留める。

 

 

―― バラ風呂か。

BGMはこちら(黒沢少年合唱団)

 

 

男二人で入っても充分な広さの淡いピンクのバスタブに、隙間なく浮かべられた真っ赤な花びら。

 

その中に身を沈める安達を背後から抱きしめる。

 

ほんのり紅く染まっていく白い肌。

 

そして恥じらう安達を振り向かせ、かすかに震える唇に ・・・・・・。

 

甘い妄想に浸っていたその時、

 

 

ポタッ!

 

 

スマホの画面をスクロールしていた黒沢の右手に一滴の鼻血が滴り落ちた。

 

 

 

 

 

💖おしまい💖