☆~~~☆~~~☆~~~☆~~~☆

 

「ウブとラブと愛の巣と」前編

 

OPテーマ omoinotake 「産声

EDテーマ DEEP SQUAD 「Good Love Your Love

 

ドラマのあらすじは こちら

小説の<目次>は こちら

☆~~~☆~~~☆~~~☆~~~☆

 

金曜の夜。

 

魚料理が評判の居酒屋の個室で卓を囲んでいたのは、31歳になった安達、黒沢、柘植の3人と、24歳の湊。

 

この場で会話を盛り上げていたのは意外にも、一番年下の湊だった。

 

そもそも安達と柘植は口下手で、二人で飲んでいる時も話が途切れると沈黙が続くことがしばしばだった。

 

そして日頃、トップ営業マンとして仕事では饒舌な黒沢も、プライベートの飲み会ではどちらかと言うと聞き役に回ることが多い。

 

そんな中で湊は、時には聞き手として熱心に相槌を打ち、時には皆に問いかけるように話題を提供し、上手く会話の流れを作っていた。

 

そんな湊を柘植が優しいまなざしで見つめている。

 

柘植が湊を好きになったのは決して可愛らしい外見だけではない。

 

周囲に気遣いのできる頭の良さと思いやり、親しく付き合わなければ決して知ることのできない湊の隠れた一面。

 

親友が心惹かれたのはきっとそんな所なのだろう。

 

そう感じながら安達は向かいに並んで座る柘植と湊を微笑ましく見つめた。

 

湊をモデルにしたという柘植の新作の話をしていた時、ちょうど話が途切れたタイミングで黒沢のスマホから軽やかな着信音が流れた。

 

「あ、ごめん、課長からだ」

 

慌てて部屋を出る黒沢の後に続くように、柘植も立ち上がった。

 

「俺もちょっとトイレ行ってくる」

 

二人を見送りながら、安達はつくづくと言った。

 

「柘植はほんとに湊君のことが好きなんだね。今日もずっとデレデレしてる」

 

堅物の親友が、可愛くてたまらないと言った表情で愛しい恋人を見つめているニヤケ顔は、正直、見られたものではない。

 

だが、始終難しい顔つきで殻に閉じこもっていた学生時代から比べると、柘植は別人のように明るくなった。

 

そして湊といるときはいつも幸せそうに笑っている。

 

そんな親友の変化を近くで感じられるのは自分にとっても嬉しいことだ。

 

だが湊は、悪戯っぽい目を上げると意味ありげに安達を見つめた。

 

「実はこの前、柘植さんとラブホに行ったんです」

 

「ラブホ?」

 

「はい、この店のすぐ近くなんですよ。内装がバリ島みたいな南国風になってて、部屋も天蓋付きのベッドで、すっごくおしゃれなんです」

 

まるで旅行に行ったときの感想か何かのように湊が気軽に話す。

 

けれど安達にとってそれは未知の世界だ。

 

ラブホテル。

 

誰にも邪魔されず、心ゆくまで互いを求めあうことのできる場所。

 

だが安達はこれまで一度もその世界に足を踏み入れたことは無い。

 

戸惑う安達の表情を気にかけることなく湊は話を続けた。

 

「やっぱりマンションじゃ、あんまり大きな声出せないから」

 

―― 大きな声。

 

それ以上言わなくても、その意味はもちろん安達にもわかる。

 

「柘植さんて、ああ見えてあの時は結構激しいんですよ。この前なんて俺、途中で気絶しちゃいました」

 

恋人たちの秘め事を、悪びれることも恥ずかしがることもなく、アッケラカンと話すのは若さゆえだろうか。

 

「そ、そうなんだ・・・・・・」

 

自分の知っている親友の柘植は自分と同様に奥手で30歳になるまで女性と付き合ったことがなかった。

 

なのに、今では自分の一歩もニ歩も先を行っている。

 

それは自分など想像すらできない大人の世界だ。

 

一瞬で耳まで赤らめる安達を横目で見ながら、湊は心の中でつぶやいた。

 

―― 安達さんて、マジでウブだな。

 

もちろんバカにしているわけではない。

 

ただ年齢的には自分よりずっと大人なのにシャイな安達が可愛らしくて、ほんの少しだけからかってみたくなったのだ。

 

その頃、二人の会話を廊下で立ち聞きしていた黒沢はあごに手を当てて考えていた。

 

―― ラブホか、そう言えば

        行ったことなかったな。

 

今は安達の部屋で一緒に住んでいる。

 

だから仕事の時以外はいつでも二人きりでいられるし、キスしたり、抱きしめたりすることも自由だ。

 

そしてそんな時、いつまでたっても慣れることがなく顔を赤らめて恥じらう安達が愛らしくて、それだけで充分だった。

 

愛し合うためにわざわざ特別な空間まで出掛けて行く必要性を感じたこともない。

 

けれどたまには、そんな非日常の場所も良い刺激になるのだろうか。

 

真剣な表情で考え込む黒沢の背後から、柘植の声がした。

 

「電話、終わったのか?」

 

「ああ、うん」

 

突然声を掛けられ狼狽した顔を隠すように、黒沢はいつもの笑顔を作った。

 

 

 

二人で個室に戻ると、柘植がふと気づいて安達の顔を見つめた。

 

「安達、大丈夫か? 顔赤いぞ。飲みすぎたんじゃないのか?」

 

問いかける柘植の顔を安達は見上げた。

 

友人としてさりげなく心配してくれる柘植が、実は湊と ・・・・・・。

 

これまで想像すらしたことがなかったが、湊の前ではそこに自分の知らない柘植の姿があるのだろう。

 

「あ、うん、大丈・・・・・・」

 

言いながら、水の入ったグラスを取ろうとした安達が手を滑らせた。

 

「あっ!」

 

テーブルの上で倒れたグラスから、安達の膝に水が滴り落ちる。

 

「清、大丈夫?」

 

咄嗟におしぼりを手にした黒沢が安達の太腿のあたりにこぼれた水を優しく拭き取る。

 

「うん、ごめん」

 

仲の良い恋人同士の睦まじい姿に目を細めると、柘植が締めくくるように言った。

 

「じゃあ、そろそろお開きにするか」

 

 

―――――――――――――――

 

 

居酒屋の前で二手に分かれ、二組のカップルがそれぞれの帰る場所へと向かって歩き出す。

 

「さっき二人で何話してたんだ?」

 

「え?」

 

「だからお前と安達だよ。二人きりになった時、何の話してた?」

 

実は柘植はトイレから帰った時、少し違和感を覚えていたのだ。

 

個室の近くまで来ると黒沢が部屋の前にたたずんでいた。

 

どうやら中の様子を伺っているらしかった。

 

それに部屋に入ると安達が顔を真っ赤にしてその後の様子もなんだかぎこちなかった。

 

もしかして湊が何か関係しているのではないか。

 

問い詰める柘植からプイと顔を背けると、湊は吐き捨てるように言葉を返した。

「別に、大した事じゃないよ」


「そうか?」

曖昧な返事をしたものの、小説家として洞察力に優れている柘植に誤魔化しは通じない。

 

湊は小さくため息をつくと観念したように正直に答えた。

 

「この前、二人でラブホに行ったって言っただけ」

 

湊の露骨な返答に柘植は思わず声を上げた。

 

「はあ? お前、なんでそんなこと」

 

「別にいいじゃん。本当のことなんだし」

 

「それはそうだが、安達にそんなこと言ったら ・・・・・・」

 

これで全てが理解できた。

 

だから安達の様子がおかしかったのだ。

 

湊は年下の可愛い恋人だが、年が離れているせいか、時々、何を考えているのかわからないことがある。

 

そして思慮深い所があるかと思えば、まだまだ幼さが垣間見えることも。

 

「あいつは純情なんだから、あんまりからかうな」

 

―― 純情。

 

最近では滅多に聞くことがない古い言葉。

 

それを安達に使っていることが、なんだか心に引っかかる。

 

「そんなに安達さんのことが大事? 俺よりも?」

 

上目づかいで問いかける湊の言葉は、わかりやすいやきもちだ。

 

こんな風に嫉妬心を素直に表すところも愛しくてたまらない。

 

「馬鹿なこと言うな。お前が一番大事に決まってるだろ」

 

真剣な瞳の柘植から帰ってきた答えは聞くまでもないことだ。

 

だが二人の仲の良さが友情だとわかっていても、何となくモヤモヤするのだ。

 

恋人の全てを知りたいのに、安達といるとき、いつもとは異なる柘植がそこにいる。

 

いかにも不満げに頬を膨らませる湊の肩を抱き寄せる。

 

「また行くか? 何なら今からでもいいぞ」

 

服を着ている時はわからない、意外にも筋肉質で厚い柘植の胸元。

 

そしてその素肌に触れることが出来るのは自分だけだ。

 

この胸に抱きしめられているだけで、小さな不安など吹き飛んでしまう。

 

―― 単純だなぁ、俺。

 

心の中でつぶやくと、湊は柘植の胸にそっと身を寄せた。

 

「ふふ、今度でいいよ」

 

 

 

一方、黒沢は帰り道でずっと黙ったままだった。

 

だが、それを気にも留めず安達は話し続けた。

 

先ほど湊から聞いた話を記憶から掻き消そうとするかのように。

 

「・・・・・・でさぁ、その時に浦部さんが」

 

安達の言葉を遮るように黒沢が立ち止まる。

 

「優一? どうしたの?」

 

振り向く安達の愛らしい笑顔。

 

その華奢な肩越し、数メートル先に湊が言っていたラブホテルがあった。

 

 

 

 

 

― 後編に続く ―