この小説は

映画「チェリまほThe Movie」の二次創作です。

 

劇場版で安達と黒沢が初めて安達の実家に行ったとき、家族を前にして黒沢ではなく安達から話をしていたら、ひょっとするとこんな展開になったんじゃないかなと思って書きました。

 

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「俺、黒沢と・・・・・・」 ― 前編 ―

 

OPテーマ DEEP SQUAD 「Gimme Gimme

EDテーマ omoinotake 「心音

 

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閑静な住宅街を二人並んで歩きながら、黒沢はこわばった顔つきで深く息を吐いた。

 

「緊張してきたぁ」

 

隣にいた安達もかすかにうなずきながら同じように固い表情で言葉を返す。

 

「俺だって緊張するよ。家族に誰かを紹介するなんて初めてだし ・・・・・・」

 

そう、今日は安達の実家に二人で挨拶に行くのだ。

 

自分たちが真剣に付き合い生涯を共にするつもりだと大切な家族に伝えるために。

 

けれどその熱い思いを家族は受け入れてくれるだろうか。

 

そのことを考えただけで胸の奥がチクチクと痛む。

 

 

 

「ただいま」

 

玄関に入ると、両親と弟夫婦が揃って迎えに出てくれた。

 

だが、

 

「おかえ・・・・・・り」

 

母がそう言ったきり、誰もが口をつぐみ二人の姿を戸惑いの目で見つめている。

 

重く張り詰めた空気を断ち切るように黒沢が笑顔で言葉を発した。

 

「初めまして、清さんと同じ会社でお世話になっております、黒沢優一と申します」

 

静かに挨拶を聞いていた家族の顔に明らかな困惑の色があらわれる。

 

それはあらかじめ考えていた通りの反応だ。

 

彼女を連れて来ると思っていた息子のかたわらに男がいたことで、期待を裏切られたような気持ちなのだろう。

 

だが黒沢は臆することなく、微笑んで言葉を続けた。

 

「これ、つまらないものですが ・・・・・・」

 

黒沢が差し出した手土産に母が軽く頭を下げる。

 

「あ、どうもご丁寧に」

 

ぎこちない笑顔で受け取ったものの、母は一瞬、言葉を失ったように黙り込んだ。

 

そして少しの沈黙の後、母は正気に戻ったように黒沢に促した。

 

「・・・・・・あ、どうぞお上がりください」

 

 

 

通された座敷は大きなガラス窓から午後の日差しが柔らかく差し込んで明るい。

 

そのガラス窓に背を向けて座卓の前に二人並んで座ると、向かいに整列した家族は皆、一様に黙り込み、気まずい空気が流れた。

 

中でも母の落胆ぶりが、言葉にせずともはっきりとわかる。

 

てっきり彼女を紹介されるものと思っていた母は、早朝からいそいそと家のあちこちを丁寧に掃除し、昼過ぎに来ると言うのに夕食の下ごしらえまで入念におこなった。

 

そんな母とは対照的に父は一見落ち着いた様子を見せてはいたものの、将棋盤の前に座っていつものように開いた「将棋マニュアル」のページは1ページもめくられることは無かった。

 

「どんな人かしらねえ」

 

ちらし寿司にするための米を研ぎながら、誰に言うともなく嬉しそうに声を弾ませる母の言葉は、家族全員の思いだった。

 

誰もがワクワクするような期待で胸を躍らせていた。

 

だが今、目の前にいるのは・・・・・・。

 

「あ・・・・・・と、そうそう、お茶、淹れましょうね」

 

拍子抜けした顔つきで立ち上がる母を追いかけるように安達も立ち上がった。

 

「俺も手伝うよ」

 

母の態度は予想していた通りだ。

 

大好きな母をがっかりさせて申し訳ないと思う。

 

だがそれ以上に、もしかしたら深く悲しませてしまうかもしれないことを、この後、家族に言わなければならない。

 

二人で台所に立つと、急須に茶葉を入れていた手を止め、母は思い出したように安達の高校時代の友人の名を口にした。

 

「ああ、そうだ。〇〇君、ほら、高校の時の同級生の」

 

「あ、うん」

 

湯呑を並べながら、安達は懐かしい顔を心に浮かべた。

 

長く会ってないが安達にとっては数少ない大事な友達の1人だ。

 

「結婚式の招待状、来てたわよ」

 

気持ちを切り替えるかのように明るく言いながら、母が筆文字で連名が書かれた白い封筒を差し出した。

 

「はい、これ」

 

中を開けると招待状の片隅に手書きの文字が目に止まった。

 

―― 授かり婚です♡

 

隣から覗き込んでいた母が今日初めて素直な笑顔を見せる。

 

「あらぁ、良かったわねぇ。ダブルのおめでたで」

 

「うん」

 

最後に添えられたハートマークがいかにも幸せそうだ。

 

愛する人と、誰からも祝福される結婚をし、子供を作って平凡な家庭を築く。

 

それが一般的な「幸福」の形なのだろう。

 

気の置けない友達がそれを手に入れたことは喜ばしいことだ。

 

うなずく清に耳打ちするように、母が小声でささやいた。

 

「あんたもぼやぼやしてないで、早く孫の顔見せて欲しいもんだわね」

 

いさめるような母の言葉から背を向け、黒沢が持ってきた手土産の最中を大皿に盛っていると、弟の嫁と6歳になる姪の希子が台所にやってきた。

 

「希子もお手伝いするぅ」

 

「あら、ありがとね」

 

母はすぐに優しい祖母の顔になって、テーブルの向こうにひょっこりと出した頭をそっとなでた。

 

いわゆる孫バカとでもいうのだろうか、希子が可愛くてしょうがないようだ。

 

「希子だって、赤ちゃん見たいよね」

 

「赤ちゃん?」

 

「そう、清ちゃんの」

 

キョトンとした目で見上げていた希子は、その言葉を聞くとぴょんぴょんと身体を弾ませるようにして声を上げた。

 

「わあ、見たい見たーい」

 

祖母の思惑など露ほども知らず、幼い姪が無邪気な笑顔を見せる。

 

その様子を笑顔で見つめながら、次の瞬間、母は清に無言で目配せした。

 

―― ほらね。

 

そう言いたげな視線が、清の心に重くのしかかった。

 

 

 

「どーぞ」

 

最中を乗せた大皿を両手で大事そうに運んできた希子が、いかにも緊張した面持ちでかしこまって座る黒沢の目の前にうやうやしく差し出した。

 

おままごとのように愛らしいもてなしに黒沢も微笑んだ。

 

「ありがと」

 

家族が皆、着座すると、安達は胡坐を解いてきちんと正座した。

 

やけに喉が渇いている。

 

だが目の前にあるお茶を飲む気にはならない。

 

ちゃんと決心してきたものの、今から言うことはきっと家族を驚かせ、失望させるだろう。

 

いや、それだけではない。

 

もしかしたら強く反対されるかもしれない。

 

そう思うと上手く言葉が出てこない。

 

「実は俺、黒沢と・・・・・・」

 

―― 付き合ってる。

 

以前、親友の柘植の前では言えた一言が、今日は喉の奥に引っ掛かってでもいるかのようにスムーズに出てこない。

 

「その・・・・・・」

 

皆の視線を一身に受けながら、安達が発した言葉は自分でも思いもかけないものだった。

 

「同期なんだ。それで色々助けてもらってて ・・・・・・」

 

― 違う、違う、違う!

 

自分の心の声が叫んでいる、言いたいのはこんなことじゃない。

 

なのに頭の中の何かが正直な心に蓋をする。

 

「いつも世話になってるから、家族にも会わせたくて」

 

隣に座っている黒沢の顔を見られない。

 

その顔にはきっと、戸惑いと失望と悲しみの色が浮かんでいるだろう。

 

けれど、たぶんそれはほんの一瞬で、黒沢は心の全てをあの美しい微笑みで覆い隠しているに違いない。

 

「えっと、その・・・・・・」

 

視線を落とす安達に心の中の自分が叫んでいる。

 

―― 今からでも遅くない、正直に言うんだ。

         『俺達、付き合ってる』って。

 

そう、何よりも心に素直になればいいだけだ。

 

そう思いなおして顔を上げた瞬間、いかにも安堵したような母の笑顔が見えた。

 

「あら、なんだ、そうなの。だったら最初からそう言ってくれればいいのに」

 

母のひと言で、張り詰めていた空気が一気に緩む。

 

飲み込んでいた言葉を吐き出すように、母は言葉を続けた。

 

「連絡くれた時、会わせたい人がいるって言うから、てっきり彼女の話かと思っちゃったわよ」

 

「俺なんて、黒沢さんが兄貴の彼氏なのかと思った」

 

「何言ってんの、黒沢さんに失礼でしょ」

 

弟をたしなめながらも、その顔には心配事が杞憂に終わったと言いたげな笑みが溢れていた。

 

「ごめんなさいね。この子、いつもつまらない冗談ばっかり言って」

 

「あ、いえ・・・・・・」

 

目を細めて黒沢が無理に笑顔を作る。

 

そしてこの後、その穏やかな微笑みを決して崩すことは無かった。

 

「黒沢さん、清ったら30過ぎても女性と付き合ったことないんですよ。もしよかったら、誰かいい人紹介してやって下さいね」

 

「・・・・・・あ、はい」

 

「僕からもお願いします。黒沢さんなら女友達もたくさんいそうだし、兄貴に任せてたら一生独身かもしれないから」

 

息子と兄を心から案じる言葉を、黒沢はうなずきながら静かに聞いていた。

 

 

――――――――――――

 

 

夕食を終え安達の実家を出る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 

時折吹きつける冷たい夜風が無言で歩く二人の頬を刺す。

 

人通りが少なくなった坂道を駅に向かって下りながら、安達はうつむいたままつぶやくように言った。

 

「ごめんな、優一」

 

どうして自分は大事な時に大事なことが言えないのだろう。

 

黒沢と付き合うようになって少しは成長できたかと思っていたのに、これでは今までと何も変わらない。

 

それに何より、黒沢をがっかりさせてしまった。

 

黒沢は優しいから、今日はずっと話を合わせてくれていた。

 

だがその心中を思うと、申し訳なくていたたまれない気持ちになる。

 

落ち込む安達に黒沢は優しい声で言葉を返した。

 

「ううん。謝らなくていいよ」

 

駅の近くまで来た時、安達は立ち止まり大きく息を吐いた。

 

「はぁー、俺ってやっぱだめだ。肝心な時に勇気が出ないんだよな」

 

―― 勇気。

 

その言葉を黒沢は心の奥深くで受け止めた。

 

自分たちの関係を公表するには勇気が必要なのだ。

 

安達の何気ない一言が黒沢の胸を深くえぐる。

 

だが、安達が躊躇ちゅうちょするのも当然だ。

 

世間的に見れば自分たちの関係は ・・・・・・。

 

「次は絶対! うん、次は絶対言う!」

 

固く決心したように何度も深くうなずく安達の背後から、黒沢の声が静かに響いた。

 

 

 

「別れようか、俺たち」

 

 

 

 

 

― 後編に続く ―