「チェリまほ」には「ムズキュン」なシーンがたくさんあって、「もしもあの時こうなっていたら」と思うことがあります。

そこで今回は私の思う「ムズキュン」場面を「IF~」の形で書いてみました。

ドラマ版第6話の冒頭シーンから始まります。

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「明日の朝、目覚めたら」

 

OPテーマ omoinotake 「産声

EDテーマ DEEP SQUAD 「Good Love Your Love

 

ドラマのあらすじは こちら

小説の<目次>は こちら

 

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昨夜、土砂降りの雨の中を傘もささずに歩いたせいで風邪をひき会社で倒れてしまった安達を、黒沢が部屋まで送ってきてくれた。

 

雨の中を歩いたのは黒沢と元カノがいるところを目撃してしまったからだ。

 

それは黒沢とお似合いの華やかで美しい女性だった。

 

その人は実の姉だとわかり誤解は解けたものの、安達の心の中にはまだスッキリしない思いが残っていた。

 

そう、黒沢に相応しいのはあんな風に美しく魅力的な「女性」だ。

 

その現実をあらためて自分の心に刻みつける。

 

アパートの部屋に入ると、悪寒が襲ってきた。

 

「くしゅん!」

 

堪えきれずくしゃみをした安達を心配して黒沢が慌てて駆け寄ってきた。

 

「冷えてきたんじゃないのか? 早くベッドへ ・・・・・・」

 

そのはずみに、足元にあった安達のリュックにつまずいた黒沢が、覆いかぶさるようにして二人で小さなシングルベッドに倒れ込む。

 

「く、黒沢・・・・・・」

 

戸惑うように見上げる安達を押しつぶしてしまわないよう、黒沢は左手を壁に強く押しあてて必死で堪えた。

 

どくどくと波打つ黒沢の心臓の音が聞こえてくる。

 

薄暗がりの中で安達の潤んだ瞳が不安げに揺れている。

 

黒沢の心の針が大きく左右に振れ、激しく葛藤していた。

 

―― ダメだ、安達は病人だぞ。

        もっと体をいたわれ。

        ダメだ、キスなんて。

        ああ、でも・・・間近で見ると、

        なんて・・・・・・。

        なんて、可愛いんだ。

 

腕の中にいる安達の視線が答えを促すように真っ直ぐに黒沢に向けられる。

 

その澄み切った瞳に嘘はつけない。

 

―― ダメだ、歯止めが

        ・・・・・・効かない。

 

ゆっくりと近づいてきた黒沢の唇が少し開いた安達の口元にそっと重なる。

 

安達にとっては生まれて初めてのキスだ。

 

熱を帯びたその唇を黒沢の舌先が優しくなぞる。

 

だが安達の身体は拒むように硬直していた。

 

―― 安達、お願い。

        もしも俺のこと好きなら力を抜いて。

 

懇願するような黒沢の心の声が聞こえてくる。

 

―― 好き? 俺が・・・・・・黒沢を?

 

自分の心に問いかける。

 

黒沢はこれまで同期と言う立場を越えて何かと親身になって接してくれた。

 

優しくて人としても完璧だし、尊敬している。

 

そんな黒沢が自分のことを好きでいてくれると、つい最近、心の声が聞こえるようになって知った。

 

その思いが真剣であることもわかっている。

 

でも、俺たちは・・・・・・。

 

 

男同士だ。

 

 

二人の間にモラルという名の境界線を引く。

 

―― そうだよ、男同士なんだから。

 

頭は必死で冷静になろうとする。

 

なのに黒沢の唇の柔らかさと胸の温かさがそれを曖昧にする。

 

このぬくもりにずっと包まれていたい。

 

安達は自分でも気づかず目を閉じていた。

 

それと同時に全身から少しずつ力が抜けていく。

 

―― 俺は、黒沢が・・・・・・。

 

何かを考えようとしても、包み込むような黒沢の唇と絡みつく舌先が全ての思考を停止させる。

 

頭の中が白濁して身動きすら取れない。

 

 

 

長くて優しいキスの後、黒沢がゆっくりと身体を離した。

 

「・・・・・・ごめん」

 

安達が強く拒まなかったことに安心して、思いがけず濃厚なキスをしてしまった。

 

気まずい空気の中で詫びの言葉を口にした黒沢は、冷静さを取り戻していた。

 

安達には迷惑だっただろう。

 

拒絶しなかったのはきっと、安達の優しさだ。

 

そしてもしかしたらこのことがきっかけで、安達に警戒され距離を置かれてしまうかもしれない。

 

そうなったら明日から自分はどうしたらいいのだろう。

 

だが安達はぎこちなく言葉を返した。

 

「い・・・いよ、別に・・・・・・」

 

「え?」

 

安達は否定しなかった。

 

信じがたいと言いたげに黒沢が大きく目を見開く。

 

「いいの? それって・・・・・・」

 

―― それってもしかして、

        安達も俺のことが好きってこと?

 

黒沢の心の声に答えを探す。

 

昨夜、黒沢が綺麗な女性と一緒にいるところを見て、黒沢の気持ちが自分から離れてしまうのではないかと寂しかった。

 

その寂しさの理由わけはきっと・・・・・・。

 

―― 俺も好き。

 

たった一言そう返すだけでいいのに言葉が出てこない。

 

なにしろ自分は30歳になるまで誰かに対してその言葉を口にしたことが一度もないのだ。

 

まるでそれは永遠に封印された呪いにでもかけられているかのように、伝えようとしても唇が動かない。

 

返答を待つかのように、黒沢がまっすぐに見つめている。

 

その黒い瞳の奥に祈るような切なさが満ちている。

 

「だって、その・・・・・・」

 

自分ではない誰かが話しているかのように、本心から一番遠くにある言葉が唇から漏れ出す。

 

「風邪って、人にうつすと早く治るって言うだろ」

 

違う、こんなことを言いたいわけではない。

 

でも他に何を言ったらいいのかわからない。

 

冗談めかしてこの場を取り成そうとするかのような安達の返答に、黒沢は目を細めて無理に口角を上げると寂しく笑った。

 

「そっか、そう・・・・・・・だね」

 

それは安達なりの黒沢への気遣いなのだろう。

 

落ち着きを取り戻した静かな表情でうなずくと黒沢は立ち上がった。

 

「じゃあ、体温計、取ってくる」

 

緊張感から解放された安堵とほんの少しの寂しさを感じながら、ベッドに横たわったまま安達はその背中を見つめた。

 

黒沢の肩が淋しげに揺れている。

 

―― ほんと、いいやつなんだよな。

        なのに、俺は・・・・・・。

 

ずっとモヤモヤしていた自分の気持ちに今やっと気がついた。

 

臆病な自分はその想いを、明日の朝、目覚めたら正直に言えるだろうか。

 

 

「俺も、お前が好きだ」 と・・・・・・。

 

 

 

 

 

ドキドキおしまいドキドキ