※カクテルの写真は「photo AC」様よりお借りしています。

 

赤ワイン~~赤ワイン~~赤ワイン~~赤ワイン~~赤ワイン

 

「As you like」③

 

【第三夜】 

 マンハッタン & バラライカ

 パラダイス & ジントニック

 

「チェリまほ」

OPテーマ omoinotake 「産声

EDテーマ DEEP SQUAD 「Good Love Your Love

 

「西荻窪三ツ星洋酒堂」

OPテーマ I don't like Mondays「entertainer

 

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赤ワイン~~赤ワイン~~赤ワイン~~赤ワイン~~赤ワイン

 

次回作の取材のために訪れた西荻窪の帰り道、柘植つげは一軒のBarの前で足を止めた。

 

この辺りは元々古くからの飲み屋が多いのだが、その中で洒落たBarは案外少ない。

 

何となく興味を惹かれ淡い照明に照らし出された重厚感のあるドアを押し開けると、アルコールと木の匂いが交じり合ったような独特の香りがした。

 

内装も調度も全体的に落ち着いた雰囲気だったが、一番目を引いたのは店内の奥にしつらえられた古い本棚だ。

 

「いらっしゃいませ」

 

背筋をピンと伸ばし、カウンターの中から声を掛けるバーテンダーの雨宮に、柘植は奥の壁面を指差した。

 

「少し見せてもらっても良いですか?」

 

「はい、よろしければご自由にお手に取ってお読みください」

 

ガラス扉のついたアンティークなデザインの本棚にはコナン・ドイルやエドガー・アラン・ポー、アガサ・クリスティなどの古い推理小説や、夏目漱石や森鴎外、太宰治と言った日本の文豪の作品まで幅広いジャンルの本が並べられている。

 

特徴としては全体的に古い時代のものが多いようだ。

 

興味深げに眺めている柘植に、雨宮が声を掛けた。

 

「オーナーの趣味なんです」

 

「そうですか」

 

どれもこれも好みが合いそうな選択だ。

 

なんとなく一度会って話してみたい気もした。

 

「オーナーの方はここによくいらっしゃるんですか?」

 

「そうですね、気まぐれなところがあるので、来たり来なかったりです」

 

「なるほど」

 

来たり来なかったりは恋人の湊も同じだ。

 

最近、湊となんだかギクシャクしている。

 

部屋に来ることも少なくなったし、Lineも既読スルーされる。

 

何か気にさわることをしてしまっただろうか。

 

だが自分には心当たりがないのでどうしようもない。

 

思い当たるとすれば、桜花文学賞を受賞した頃からだ。

 

あの時、湊は確かに喜んでくれたのに ・・・・・・。

 

けれどその後、湊は気になることを言った。

 

「柘植さんはいいなぁ。ちゃんと夢を叶えてる。俺なんか ・・・・・・」

 

湊は若くてとても可愛らしい。

 

そしてダンス仲間をはじめ、たくさんの友達がいる。

 

いつも部屋に引きこもって小説を書き、友達と言ったら安達の顔ぐらいしか思い浮かばない自分に比べたら、日の当たるその生き方が眩しいほどなのに。

 

だが湊は、直接そう言ったわけではないものの、どうやらこれからの生き方に迷っているようだ。

 

―― 諦めずに頑張れ!

 

そう言葉にするのは容易たやすい。

 

けれどその夢が真剣であればあるほど、目標と現実との間にあるギャップに苦しめられる。

 

かつての自分がそうだったように。

 

本棚から学生時代によく読んでいた一冊のミステリー小説を手に取ると、

 

「どうぞ、お好きな席へ」

 

背後から雨宮にそう言われ、柘植は本棚に一番近いテーブル席に腰を下ろした。

 

おしぼりとメニューを持って来た雨宮がしげしげと顔を眺めると確かめるように問いかけた。

 

「あの、お客様はもしかして、小説家の柘植将人先生では?」

 

「え・・・・・・」

 

出来れば知られたくなかったのだが、今さら隠すことも出来ない。

柘植は渋々返事をした。

 

「はい、そうです」

 

「ああ、やっぱり」

 

雨宮は嬉しそうに笑うとやや興奮気味に声を弾ませた。

 

「先生の作品、読ませて頂きました。特に『別れのブルームーン』、最高に感動しました」

 

「ありがとうございます」

 

ぶっきらぼうに言葉を返す柘植の固い表情に気づくと、雨宮は慌てて言葉を続けた。

 

「あ、大変失礼致しました。静かにお飲みになりたいですよね」

 

「いや、構いませんよ」

 

手にしていた本を置くと一度メニューを開いた柘植だったが、すぐに静かに閉じた。

 

特に何が飲みたいというわけではないし、あれこれ考えるのも面倒だ。

 

「何かお勧めのカクテルをもらえませんか?」

 

「かしこまりました」

 

すぐにバーテンダーの顔つきになりカウンターに戻った雨宮は、氷を入れたカクテルグラスとミキシンググラスを用意した。

 

その隣に並べられたのは、ドライな風味のバーボン、スイート・ベルモット、そして苦みを添えるアンゴチュラ・ビターズを1滴。

 

ステアしてカクテルグラスに注ぎ、最後に砂糖漬けのチェリーを飾る。

 

「お待たせ致しました。マンハッタンでございます」

 

 

テーブルに置かれた夕陽のような紅色に、柘植は読んでいた本から目を離し一瞬見惚れるように息を吐いた。

 

このカクテルは材料がシンプルな分、バーテンダーの力量が試されるとも言われるカクテルだ。

 

「カクテル言葉は『切ない恋心』です。柘植先生の作品に敬意を表して」

 

恋愛小説を書く上でカクテルが場面を盛り上げるアイテムになることがある。

 

だから柘植自身もカクテル言葉については多少知っているのだが、ここで『マンハッタン』を出されたことは、偶然にしても今の自分にピタリと合い過ぎている。

 

言葉を失ったようにグラスを見つめている柘植に雨宮は、

 

「お気に召しませんでしたか?」

 

不安げに問いかけると、柘植が顔を上げた。

 

「いや、そうじゃないんです。なんだか、自分の心境を言い当てられた気がして・・・・・・」

 

湊を愛する気持ちに変わりはない。

 

だが、その愛する人とわかりあえない今の状況がつらい。

 

「空想の恋愛はどうにでも都合よく書けますが、現実にはなかなか・・・・・・」

 

そう言うとあおるように勢いよくカクテルを喉に流し込む。

 

バーボンの辛さがピリリとのどに刺さる。

 

「次は何かウォッカベースの物を」

 

ウジウジと思い悩んでいる自分に、もっと強い刺激が欲しい。

 

そんな柘植の思いを感じ取ると、雨宮は心得たようにうなずいた。

 

「かしこまりました」

 

 

 

「こちら『バラライカ』でございます」

 

 

「カクテル言葉は『恋は焦らず』です」

 

「恋は・・・・・・焦らず」

 

呟くように一度だけ繰り返すと、柘植は深くうなずいた。

 

「本当に、そうですね」

 

湊が自分の道に迷っているからこそ、一番のファンである自分がどっしりと構えていなければ。

 

湊自身は気づいていないかもしれないが、彼のダンスはとても綺麗で、踊っているときに時折見せる幸せそうな笑顔が何よりも魅力的なのだから。

 

そして湊のダンスを見たら、そう感じるのはたぶん自分だけではないはずだ。

 

カクテルを一口だけ口に含むと、今回は柑橘系の風味と爽快感をじっくり味わう。

 

「うん、うまい!」

 

柘植の笑顔に、雨宮もホッと安堵の溜息を吐いた。

 

「今度、恋人を連れてきます」

 

「はい、お待ちしております」

 

軽く会釈する雨宮に、柘植が真面目な顔つきで申し出た。

 

「それで、その時にお願いがあるんですが・・・・・・」

 

 

―――――――――――――――

 

数日後。

 

「こんばんは」

 

「いらっしゃいませ、柘植様」

 

以前に来た時とは別人のように柔らかい顔つきの柘植のかたわらには、金髪の可愛らしい青年が立っていた。

 

「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」

 

「あ、こんばんは」

 

慣れないBarの雰囲気に戸惑っていた湊は、自分に向けられた雨宮の笑顔に安心したように、緊張で固くなっていた頬を緩ませた。

 

そして店内を見渡すと、湊は柘植と同じように店の奥の壁面に目を留めた。

 

「凄い。本がたくさんある」

 

普段Barに来ることはほとんどないが、それでも、これだけの数の本を置いている店が珍しいことだけはわかる。

 

「オーナーの趣味でして」

 

「へえ、あ、だからこのお店?」

 

隣に立っている柘植に確認するように尋ねると、柘植は優しく微笑みながらうなずいた。

 

「ああ、いいだろ」

 

「うん、柘植さんに合ってる」

 

 

 

二人でテーブル席に座ると、柘植がおもむろに話し出した。

 

「実は、今夜は湊にピッタリのカクテルを選んでもらったんだ」

 

「俺に?」

 

カウンターの中にいる雨宮に目配せすると、少しして二人分のカクテルが運ばれてきた。

 

「こちら、ドライ・ジンにアプリコットブランデー、そしてオレンジジュースをシェイクした『パラダイス』でございます」

 

 

「パラダイス・・・・・・?」

 

普通に考えれば「天国」や「楽園」という意味だ。

 

それが自分にピッタリとはどういうことだろう。

 

キョトンとした顔の湊に柘植が言葉を添えた。

 

「実は、カクテルにはカクテル言葉があるんだ」

 

「カクテル言葉?」

 

「これのカクテル言葉は何ですか?」

 

柘植の問いかけに、傍らに控えていた雨宮が言葉を返した。

 

「はい、『夢の途中』でございます」

 

「夢の・・・途中・・・」

 

かみしめるようにつぶやく湊の前で、柘植はうなずいた。

 

それは自分からも湊に言いたかった言葉だ。

 

そして雨宮には、


―― 今度、恋人を連れてくるから

         何か素敵なカクテルを。
 

そう言っただけなのに、心に寄り添ってくれたことが嬉しい。

 

あらためて柘植は湊を見つめた。

 

ずっと口に出来なかった思いを伝えたい。

 

「人生を掛けてもいいと思えるくらいの夢と出会える人間はそうはいない。でも湊はそれと出会えた。だからその夢を大事にして欲しい。何があっても決して捨てないで欲しいんだ」

 

「柘植さん・・・・・・」

 

学生時代の友達の多くは大学を卒業すると早々にダンスに見切りをつけ、就職してあくまでも趣味としてやっていくことを決めたり、ダンスの先生として教える側に回ったりした。

 

今でもプロのダンサーになることを目指しているのは自分くらいだ。

 

そしていつまでたってもダンスで食べていくことが出来ないのに、未練がましくしがみついている自分を惨めに思ったこともある。

 

そんな時、柘植と出会った。

 

プロの小説家で有名な文学賞も受賞した柘植を、羨ましく思い、心のどこかに少しだけ妬ましい気持ちもあった。

 

でも本当に伝えたい言葉は・・・・・・。

 

「・・・・・・ありがとう」

 

柘植は何のために踊るのかを考えさせてくれた。

 

大勢の人に認められたいとか、お金を稼ぎたいとか、そんなことではない。

 

ただ好きなのだ、大好きなのだ、踊ることが。

 

そしてそんな自分を柘植は純粋に応援してくれる。

 

「俺は湊のダンスが好きだ!」

 

そう言ってくれた。

 

力強い一言が、どれほど心の支えになっただろう。

 

湊は潤んだ瞳をあげると、決意に満ちた表情で問いかけた。

 

「俺、もう少しだけ、頑張ってもいいかな」

 

「ああ」

 

 

 

見つめ合う二人から静かに離れカウンターに戻った雨宮は、お勧めのカクテルを何にしようかと考えた。

 

そしてしばらく悩んだ末に、あるカクテルが浮かんだ。

 

―― そうだ。ジントニックにしよう。

         カクテル言葉は・・・・・・

 

『いつも希望を捨てないあなたへ』

 






💖おしまい💖