この小説は映画 「チェリまほ The Movie」 から派生した作品です。

映画本編のストーリーとは連動していませんが、主人公をそれぞれ、赤楚衛二さんと町田啓太さんのイメージで書いています。

 

☆~~~☆~~~☆~~~☆~~~☆

 

第一章 第一話

第一話から最新話の<目次>は こちら

 

安倍 清 あべ きよし 30歳

 安倍晴明ゆかりの神社の末裔で祈祷師の修行中。日頃はサラリーマン。霊感があるが霊が怖い臆病者。正義感が強く、触れた人の心が読める。

 

鬼童丸黒主おにどうまるくろぬし

 黒鬼こっき。一人前の鬼神きしんになるための修行中。「愛」を知るために清の背後霊になる。

 

安倍清翔あべ せいしょう 88歳

 清の祖父。高名な祈祷師。霊感あり。

 

安倍清治あべ せいじ 28歳

   清の弟。熊野神社の神主。霊感無し。

 

その他安倍家の家族

   清太郎    せいたろう 60歳:清の父。

 葛葉くずは 57歳:清の母。

 清治の妻:28歳、娘:5歳。

 

☆~~~☆~~~☆~~~☆~~~☆

 

―― この世には善と悪とが混在する。

       だがそのどちらも、生み出すのは

       いつも人間だ。

       そして今、生み出された悪に

       毅然と立ち向かおうとする人間と

       彼を見守るひとりの鬼がいた。

 

 

 

都内某所、利根川水系の支流である中川の中洲に鎮座する熊野神社。

 

ここは都内唯一の安倍晴明ゆかりの神社であり、陰陽道に基づき、その境内は現在に至るまで晴明が張り巡らせた正五角形の結界を守り続けている。

 

深い緑の中にある社殿の両側に寄り添うように立つ二本のご神木は、その高さが同じことから「夫婦楠めおとぐす」とも呼ばれる。

 

 

 

空が茜色に染まる頃。

 

同じ敷地内にある神主一家が住む社務所の2階では、テレビで連日のように同じニュースが伝えられていた。

 

 

―― 最近、若い女性が繁華街で忽然と姿を消す行方不明事件が続いていますが、警察は事態を重く見て ・・・・・・

 

 

台所で夕食の肉じゃがを皿に取り分けていた母親の葛葉が、壁に掛けられた時計を見上げた。

 

「そろそろ晩御飯の時間だけど、おじいちゃんと清、まだ祈祷所かしら」

 

 

 

その頃、拝殿の横にある祈祷所の中央で、白い狩衣かりぎぬ(陰陽師の装束)を身にまとった安倍清は、祈祷を依頼した老女の正面に立つと、両手を合わせて深く息を吐き出した。

 

口元で静かに呪文を唱えながら眉間のやや上、いわゆるチャクラに「気」を集める。

 

それを右手で吸い取るようにして手の中にパワーを溜め、白く輝き出した指先を揃えて手刀を作る。

 

その指先で空中に五芒星ごぼうせいを描き、鋭い眼差しと共に

 

「悪霊退散!」

 

叫び声が一筋の閃光となって勢いよく放たれる。

 

だが・・・・・・。

 

 

 

「まだまだ修行が足りんな」

 

背後で見守っていた祖父の清翔がため息をついた。

 

けれどそれよりもさらに深い息を吐くと、清は懇願するように目の前にいる老女の肩を見つめた。

 

そこに人の手のひらほどの大きさの餓鬼がきがちょこんと座り、時折り、小さな牙で肩や首筋に嚙みついている。

 

「ねえ、餓鬼さん、おばあちゃん困ってるんで、いい加減離れて貰えませんか?」

 

神社の近所に住む老女はここ最近、酷い肩こりと頭痛に悩まされていた。

 

念のため清翔に霊視してもらうと餓鬼が取り いていることがわかった。

 

高名な祈祷師である清翔にとって餓鬼の除霊は造作もないことだ。

 

そこで今回は修行中の身である孫の清に代わりをさせたのだが、やはり餓鬼はびくとも動かない。

 

「こらこら、餓鬼に言葉は通じないといつもうておるだろ」

 

「でもさ・・・・・・」

 

清が言いたいことはその先を口にしなくてもわかる。

 

人間の都合で追い払われてしまう霊を可哀そうに思っているのだろう。

 

「祈祷は悪霊を消しさることではない、彼らを成仏させるためのものだ」

 

いさめる祖父の口調に、清はわずかにあらがうように言葉を返した。

 

「でも、じいちゃんこそ、いつも言ってるじゃないか、日本には元からの悪神や悪霊はいないって、人間の欲や邪心がそうさせたんだって。だったら・・・・・・」

 

二人のやり取りを背中を丸めて座ったまま聞いていた老女は、顔を上げると笑みを浮かべた。

 

「清くんは優しいからねぇ、昔から」

 

清が生まれた時から知っている。

 

男の子にしては少し臆病で子供のころは近所の悪ガキに泣かされてばかりいた。

 

だが思いやりのある子で、近頃では体力の衰えた自分を何かと気遣ってくれるのだ。

 

ご近所とはいえ、まるで実の孫のように可愛い存在だ。

 

「仕方ない、わしがやろう」

 

清翔は肩を落としやれやれと溜息を吐いた。

 

孫の清は確かに優しい子だ。

 

だがその優しさは時として「弱さ」にもつながる。

 

清を静かに押しのけ老女の前に立つと清翔は深く呼吸した。

 

それだけで空気がピンと張り詰め、「気」が大きな渦となって部屋中に満ちる。

 

 

「悪霊退散!」

 

 

重々しい声が響き渡ると同時に、餓鬼は小さな鳴き声を上げ一瞬で消え失せた。

 

「ああ、軽くなった。ありがとうございました」

 

礼を述べ、帰り支度を始めた老女はふと思い出したように声を弾ませた。

 

「ああ、そう言えば清くん、今度お見合いの話、持ってくるからね」

 

「また? いいよ、おばあちゃん」

 

「けどねえ、もう30歳でしょ。そろそろ真剣に考えないと。ねえ、先生?」

 

「うむ、そうだな」

 

生返事をする祖父とは対照的に清はやや強い口調で言葉を返した。

 

「ほんとに、いいから」

 

気を遣ってくれるのはありがたいが、それ以前に自分はまだ一度も女性と付き合ったことがない。

 

そんな清にとって結婚は実感を伴わないずっと遠くにあるものだった。

 

 

 

祈祷所の入り口に立ち二人で老女を見送ると清翔は改めて孫の顔を見つめた。

 

「全くお前はいつまでたっても成長せんな。わしが30歳の頃には祈祷師として独り立ちしておった」

 

「そんなこと言ったって・・・・・・」

 

清は不満げに口を尖らせた。

 

都内唯一の安倍晴明ゆかりの神社の長男として生まれ、父は神主、祖父は高名な祈祷師だ。

 

そして祖父の隔世遺伝なのか、両親にも弟にもない霊感が自分にはある。

 

生まれて数ヶ月後にそのことに気づいた祖父は大いに喜び、清を跡継ぎとして育てることにした。

 

だが当の清は霊が見えることに恐怖心すら抱いていた。

 

元来臆病な性格で人間に近い姿をした霊はともかく、おどろおどろしい形をした悪霊は30歳になった今でも恐ろしくてたまらない。

 

そして実を言うと祈祷師にも神主にもなりたくない。

 

だから大学を卒業した後、とにかく経済的に独り立ちしたいという理由で一般企業に就職を決めたのだ。

 

幸い、神主の職は弟が継いでくれたのだが、問題は祖父だ。

 

清をなんとか1人前の祈祷師に育てようと日々躍起になっている。

 

だから仕事が休みの週末だけという条件で、祖父から手解てほどきを受けることにした。

 

祈祷師にはなりたくないと正直に断れば良いのだが、祖父を悲しませてしまうことを思うとなかなか本音を口に出せない。

 

そんな清の憂いに一切気づくことなく、清翔はまた祈祷所の中に入っていった。

 

「このままではお前の先行きが心配だ。だから指南役をお呼びすることにした」

 

「指南役?」

 

不審そうに見つめる清を尻目に、祭壇の前に正座した清翔は厳粛な面持ちで神拝詞となえことばを口にし始めた。

 

清も慌てて後ろに控える。

 

神を拝する詞の前で突っ立っているわけにはいかない。

 

「 はらたまい きよたま

 神    かむながら

 守    まもたまへ さきはたま

 

現れ給え、黒鬼よ。我に力を与え給え」

 

すると薄暗かった部屋の中が一瞬にしてまばゆい光に満ちた。

 

その中央に背の高い何かが姿を現したが、あまりの光の眩しさに凝視することが出来ない。

 

けれどしばらくして神々しい光の中から恨めし気な男の声が聞こえた。

 

「ったく。何だよ、こんな辛気くさいとこに呼び出しやがって!」

 

「これはこれは、黒鬼こっき様。突然お呼びだてして誠に申し訳ございません」

 

深く首を垂れる清翔を大きな瞳で睨むように見下みおろすと、黒鬼は忌々いまいましげに言葉を吐いた。

 

「あんたか、俺を呼んだのは」

 

「はい、安倍清翔と申します」

 

祖父が「黒鬼様」と呼んだその相手を、少しずつ慣れてきた目でよく見ると、そこにいたのは紛れもなく頭に二本の角が生えた「鬼」だった。

 

だが、これまで清が目にした恐ろしい形相の鬼とは大きく容貌が異なっている。

 

長身にまとった黒い狩衣が肌の白さを際立たせ、濃い眉、黒曜石のように輝く大きな瞳の美しさが、恐怖心を忘れさせる。

 

そして艶やかに長い黒髪の耳元から二本の角がしなやかに生え、更に左右にある犬歯が顔つきを鋭く冷徹に見せている。

 

いずれにせよ、これまで見たこともないような<イケメン>だ。

 

我を忘れて見惚みとれているようにポカンと口を開けた清を一瞥いちべつすると、黒鬼はまた清翔に目を戻した。

 

 

「で? 用件は何だ?」

 

 

 

 

 

- 続く -

 

次回へ

 

 

☆~~~☆~~~☆~~~☆~~~☆

 

読者の皆様にお願い

 

 いつもお読み頂きありがとうございます。

私のような素人が書いた拙いばかりの駄文に貴重なお時間を割いてくださって心から感謝致します。

 

 さて、今回の作品ですが、これまでの二次創作ではなく、基本的にオリジナルのストーリーとなります。

また、私にとっては初めての異世界物でもあり、完全に手探りの状態で書いていくことになります。

 

 つきましては、ご意見ご批判など率直なご感想を頂けると幸いです。辛口甘口、どちらも大歓迎です。(激辛コメントについてはしばらく寝込むかもしれませんが、必ず復活致します 笑)

 

今後の執筆活動の励みにもなりますので、お時間ありましたらぜひよろしくお願いします。

 

 

 

藤沢飛鳥