この小説はドラマ「SUPER RICH」の二次創作です。

EDテーマ 優里 「ベテルギウス

 

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Scene-2

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「もう一つのスーパーリッチⅡ」の目次は こちら

「もう一つのスーパーリッチ」の目次は こちら

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「大学受験?」

 

確かめる口調で問いかける衛の顔つきは、意外なようであり、予想していたようでもあった。

 

「はい」

 

優は口元を真っ直ぐに結び気持ちを込めて深くうなずいた。

 

「なので色々とご迷惑をおかけすることもあるかもしれません。でも仕事はこれまで通り一生懸命やります」

 

今は大小合わせて様々な案件を抱え、誰もが忙しくしている。

 

そんな中で個人的な事情で仲間に迷惑をかけるかもしれない大学受験に、衛は難色を示すかもしれない。

 

これまで衛には感謝しきれないほど優しくしてもらったが、決して公私混同する人ではない。

 

CEOとして、個人的な事情で他の社員に負担を掛けることを良しとしない場合も考えられる。

 

それでも諦めることはしたくない。

 

憂いの色をたたえて見つめる優に衛は間を置かず微笑んだ。

 

「いいやん、優君が真剣に考えて決めたことやったら応援する。それに、できるだけリモートワークも取り入れるようにしたら大学の勉強と両立させる事は可能やと思う。そやから悔いがないように頑張って」

 

衛の力強い言葉は優の不安を一瞬で吹き飛ばしてくれた。

 

そしてそれと同時に最後までやり遂げなければならないという強い責任感も感じる。

 

衛の気持ちに応えるように優は胸を張ってうなずいた。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

4月に入り、優は仕事の帰りに予備校に通うことになった。

 

午後6時半、授業開始の30分前に池袋駅からほど近い校舎の3階にある教室に入ると約100席ある座席の半分ほどが既に埋まっていた。

 

比較的空いている前の方に座り、辺りを見回す。

 

ほとんどが現役の高校生か、たぶん1〜2年の浪人生だろう。

 

だが、優のような社会人と思しき大人もチラホラいる。

 

すると、斜め後ろに座っていた初老の男性が話しかけてきた。

 

「あなたも社会人ですか?」

 

「あ、はい、そうです」

 

話し相手がいたことに優はホッと胸をなでおろした。

 

「僕はね、60歳になって仕事は卒業しました。引退してこれからは好きな仏像の研究がしたいと思ってね」

 

「仏像・・・・・・ですか?」

 

自分とは全く縁のない世界だ。

 

戸惑うように問いかける優に微笑むと男性は落ち着いた口調で話を続けた。

 

「ええ、仏像ってよく見るといろんな意味が込められていてなかなか面白いんですよ。だからA大の教育学部の史学科でいろいろと研究したいと思ってね」

 

「そうなんですか」

 

こんな学び方もあるのだ。

 

学歴だけにこだわる自分がなんだか小さく思える。

 

「松尾と言います。よろしく」

 

目元にしわの刻まれた笑顔で軽く頭を下げる松尾に優も深く頭を下げた。

 

「春野優です。よろしくお願いします」

 

「春野君はどうして受験を?」

 

「はい、僕は専門学校を中退したんですけど、やっぱり仕事をする上で学歴は大事だなと思って」

 

「うん、そうですね」

 

松尾は、それ以上は口にしなくてもわかると言いたげに深くうなずいた。

 

その時、二人の一列前に座り、背を向けて話を聞いていたらしい女性達が振り返った。

 

「お二人とも社会人なんですね。少しお話ししていいですか?」

 

「ああ、はい、もちろん」

 

問いかけてきた女性はストレートの黒髪に大きな瞳が印象的で、優と松尾に交互に視線を向けると、はきはきとした口調で話し出した。

 

「小林梓です。私は短大の文学部を卒業して今はOL3年目なんですけど、ずっと夢だった弁護士になりたくて、もう一度学生をやり直し」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「明子さんは主婦なんですよね」

 

話を向けられた梓の隣にいた女性が、ふっくらとした優しげな笑み浮かべると同じように身の上を話し出した。

 

「ええ、あ、与謝明子です。私は看護師なんですけど、やっぱり医師になりたくて。今年、一人息子が大学に合格したからやっと好きなことができるようになって。浪人覚悟で受験しようと思ってます」

 

そこまで言うと明子は軽く肩をすくめて笑った。

 

「でも、もし合格したら、二人分の学費払わなきゃいけないから大変なんだけど」

 

三者三様の夢がある。

 

その夢の実現のために努力している姿がなんだか眩しい。

 

そして自分の夢は何だろうと優は思った。

 

これまで優にとっての「仕事」とは金を稼ぐ手段だった。

 

金銭的に実家を支えることが仕事をする最大の目的だ。

 

だが、衛の元で働くうちに、それとは違う「何か」が心に生まれていることも感じていた。

 

まだはっきりと形にはなっていないその「何か」をいつか見つけることが出来るだろうか。

 

「よろしくお願いします」

 

互いに頭を下げた時、始業のベルが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

「コーヒー淹れたよ」

 

「ありがと」

 

風呂から上がるとすぐにその日の勉強の復習を始めた優に宮村は優しく声を掛けた。

 

「どうだった? 予備校初日は」

 

手を止めて顔を上げると、優は微笑んで言葉を返した。

 

「うん、俺以外にも社会人の人が何人かいて、今日いろいろ話したんだ。みんないい人達だから何とかやっていけそう」

 

「そっか、それはよかったね」

 

「うん」

 

だが宮村の顔には心配するような影が差していた。

 

これから毎日のように仕事が終わるとそのまますぐに予備校へと向かうことになる優の身が案じられた。

 

 

 

 

 

 

宮村が危惧したように、仕事と受験勉強の両立はやはり優にとって予想以上に大きな負担だった。

 

課題が思うように進まず、睡眠時間が2時間ほどしか取れないこともある。

 

だからと言ってもちろん仕事の手を抜くわけにはいかない。

 

正直なところ毎日少しずつ疲れと、そしてストレスが優の体と心に蓄積していった。

 

そんなある日、休憩スペースでコーヒーを飲みながら僅かな休息を取っていた優に東海林が近寄ってきた。

 

「ほれ」

 

目の前に差し出されたのは水色の表紙の大学ノートだった。

 

だが最近は仕事でノートを使う事はほとんどない。

 

「東海林さん、これ・・・・・・?」

 

「俺さぁ、高校ん時、古文結構得意だったんだよな。これだけはいつも90点以上とってた」

 

軽く胸を張りながら、東海林は慣れた口調でつぶやいた。

 

「四段活用は『ら・り・り・る・れ・れ。あり、をり、はべり、いまそかり』ってね」

 

自信満々のその声を聞きながらノートを開くと、そこには丁寧に書かれたたくさんの古文と細かい解説が、わかりやすく色分けされ隅々にわたって記されていた。

 

どうやら口先だけではなさそうだ。

 

その時、近くを通りかかったリリカがノートをのぞき込み、さも驚いたように声を上げた。

 

「へぇ、意外」

 

足を止めたリリカに顔を向けると東海林は昔を懐かしむように言った。

 

「や、実は古文の先生がめっちゃ綺麗な女の先生でさ」

 

「やっぱそれか。零子さぁ〜ん」

 

「ちょ、何だよ!」

 

零子の名を出され、バツが悪そうな顔で東海林が肩をすくめると、今度はリリカが優に声を掛けた。

 

「英語に関することなら何でも聞いてね。私、一応帰国子女だから」

 

「ああ、だからかぁ」

 

納得したように東海林が大袈裟にうなずいた。

 

リリカに向けられたその視線はリスペクトするものとは明らかに異なっている。

 

軽く眉間にしわを寄せると、リリカは訝しげに問いかけた。

 

「何ですか?」

 

「や、別にぃ」

 

いかにもとぼけた様子の東海林にリリカは口を尖らせるとツンと横を向いた。

 

仲間の気遣いがありがたい。

 

衛の指示もあり自分がほぼ残業せずに帰るようになったことで、その分、皆にしわ寄せがいっていることは知っている。

 

だが誰もそのことで優を責めることは無い。

 

受験は自分一人のことではないのだと優は改めて感じていた。

 

 

 

 

 

7月、優は模擬テストを受けることになった。

 

それは高校を卒業して専門学校に進んだ優にとっては初めての模試だ。

 

「腕慣らしだから落ち着いてね」

 

ピンと空気の張りつめた会場で開始の合図を待ちながら、今朝、家を出る時に宮村から言われた言葉を思い出す。

 

―― 落ち着いて。

 

そう、本番はまだ先だ。

 

今回はこれまでやってきたことの成果を試す機会の一つなのだ。

 

「では、始めて下さい」

 

試験官の声に一斉に紙をめくる乾いた音が響き渡る。

 

優は背筋を伸ばして深呼吸すると問題用紙の表紙をめくった。

 

 

 

 

 

~ to be continued

 

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