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「柘植の課外授業」

 

OPテーマ omoinotake 「産声

EDテーマ DEEP SQUAD 「Good Love Your Love

 

ドラマのあらすじは こちら

小説の<目次>は こちら

 

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柘植 将人(つげ まさと)
―― 30歳、小説家。
綿谷 湊(わたや みなと)
―― 23歳、柘植の恋人。ダンサー志望。

 

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「湊、俺・・・・・・大丈夫かな」


「何がですか?」


ベッドの中で深く愛し合った後の甘いまどろみに浸っていた湊は、意外にも筋肉質でたくましい柘植の胸元に頬を寄せたまま問いかけた。


湊の細くて柔らかい金髪をなでながら柘植はこれまで心に引っかかっていたことを吐き出した。


「だからその・・・・・・お前をちゃんと満足させてやれてるかなって」


思いがけないその言葉に湊は視線を上げると柘植の顔を見つめた。


「なんでそんなこと言うの?」


「や、なんか不安なんだ。俺は今まで経験がなかったから、お前には物足りないんじゃないかって」


7歳年上の恋人のいかにも自信無さげな言葉。

 

それを包み隠さず正直に言うところも柘植らしい。

 

フッと小さく笑うと湊は体を起こし、覆いかぶさるようにして正面から柘植の顔を見つめた。


つまらないことを気にする心配性の柘植も、子供みたいに可愛くて嫌いじゃない。


「そんなことないですよ。俺、優しい柘植さんが好きです。だから柘植さんとこうしていられるだけで充分幸せ」


ガラス玉のような瞳をクルンとさせ、愛らしい笑顔で告げられる言葉に胸がキュンと高鳴る。

 

けれどそれはきっと湊の思いやりなのだろう。


その気持ちに何としても応えたい。


片手で抱き寄せ柔らかい唇にキスすると、柘植は心の中で強く拳を握り締めた。

―― よし!



その日から仕事の合間にネットの情報を読み漁り、専門の雑誌も買い込んだ。


一昔前なら口にすることもはばかられた男同士の事柄も懇切丁寧に解説してある。


少しずつ知識は増えたが、やはり生の声を聞きたい。


そう考えた柘植は意を決してゲイの聖地、歌舞伎町へと出かけた。

 

 

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そっち系の人間が集うことで有名なゴールデン街の老舗のバー。

 

店内は薄暗く、バーテンダーの背後にあるバッグバーに整然と並んだボトルだけが、青い間接照明によってその細いシルエットを浮かび上がらせていた。


客の誰もが人待ち顔で獲物を狙うような独特の緊張感がある。


様子を伺いながらカウンター席の隅に座ると、ほどなく一人の男が近寄ってきた。


「お兄さん、ひとり?」


「え? あ、そう・・・ですが・・・・・・


背後から声を掛けてきたのは30代半ばくらいのマッチョな男で、見た目はたくましいが醸し出す雰囲気はなよなよしていてやはり女性的な匂いがする。

 

思わず身構える柘植の背に身体を擦り寄せるようにして立つと、男は低い声で耳元にささやいた。


「良かったら、一緒に飲まない?」


言いながら男の手が柘植の肩に置かれた。


「あ、いや・・・・・・」


そのまま、男のゴツゴツした太い指先が首筋をゆっくりと這うようになぞる。


ゾワッ!


全身の血が逆流する音が聞こえた気がした。


「け、結構です!」


慌てて立ち上がりそのまま逃げるようにして店を転がり出る。


なぜだろう。


湊と触れ合っているときはあれほど幸せなのに、知らない男に首筋をさわられただけで鳥肌が立つような嫌悪感があった。

改めて思う。


自分は男が好きなんじゃなくて湊が好きなんだと。


そしてやはり、見ず知らずの人間には聞きづらい。


考えあぐねた結果、出版社の知り合いからゲイの友人を紹介してもらった。

 

 

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ピンポーン! ピンポーン!

その夜、インターホンが急かすように慌ただしく鳴り響いた。


ドアを開けると湊が立っていた。


頬を膨らませてこちらを鋭く見据えている。


「柘植さん!」


「な、なんだ?」


普段とは異なる剣幕に戸惑う柘植を片手で押しのけると、睨みつけるような怖い顔つきで湊がズカズカと部屋に上がってきた。


「俺に内緒で何やってんですか?」


「え?」


「この前、神保町の出版社で打ち合わせがあるから会えないって言ってた夜、ほんとは歌舞伎町にいたんでしょ?」


「な、なんでそれを?」


「ダンス仲間が、ゴールデン街で柘植さんを見かけたって」


「そ、それは・・・・・・」


歌舞伎町にいたのは事実だ。


紹介してもらったゲイの男性と会っていたのだ。


もちろん相手と何かあったわけではない。


ただ話を聞き、メモを取っただけだ。


まあ、熱心に聞き過ぎて結局2時間ほど掛かってしまったのだが。


「と、とにかく座ってくれ」

 

不意を突かれ狼狽する柘植を睨みつけながら、憮然ぶぜんとした顔つきで湊がソファーに腰を下ろす。

 

いつもならすぐにジャレついてくる猫の「うどん」も今夜はただならぬ雰囲気を察してか、そそくさと自分の寝床にこもってしまった。


「今、コーヒー淹れるから待ってろ」


笑顔と共に誤魔化すような柘植の言葉を湊はピシャリとはねつけた。


「いりません! 先に話をしてください」


柘植が浮気をしているとは思わない。


そんなことをする人ではない。


その点は信じているのだが、やはり嘘をつかれるのは嫌だ。

そのまま並んで座ると、柘植は観念したように素直に話し始めた。


「俺は湊に満足して欲しかったんだ」


「はあ?」


「だから、出版社の知り合いにゲイの人を紹介してもらって、色々話を聞いたんだ。その ・・・・・・アレのやり方とか」


疑るような眼を向ける湊に柘植はテーブルの上においてある書きかけのノートを指差した。


「嘘じゃないぞ、ほ、ほら!」


ノートを開くとそこにはビッシリと、所々手書きのイラスト付きで文字が書かれている。

―― ゲイの恋人との接し方
  ・清潔感が大事、特に口臭には要注意。
     マウスウォッシュ必須。
  ・誕生日や記念日を忘れないこと。
     プレゼントには花束も一緒に。
  ・あくまでも優しくソフトに。

     乱暴な真似は厳禁。

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                       :

 

「何これ・・・・・・?」


湊は言葉を失った。


子供の頃から自分は男に声を掛けられることが多く、高校で男子校に入学すると複数の同級生から告白された。


そして大学生の時、初めてサークルの仲間と付き合ったが、うまくはいかなかった。


その誰もが湊の表面だけを愛していた。


不器用だが自分のためにこれほど一生懸命になってくれる柘植のことが愛しくてたまらない。


胸の奥から熱いものがこみあげてきて涙が出そうだ。



―― 何だよ、こんなの反則じゃん。



湊は顔を上げると真っ直ぐに柘植を見つめた。


「じゃあ、今夜から俺の好きなようにさせてください」


「へ?」


「全部教えてあげるから、ちゃんと勉強して!」


予想もしなかった湊の申し出に柘植は驚きと共に返事をした。


「は、はい!」


「だから、これからは二度と他の人に聞いたりしないでね」


上目遣いで柘植を見つめる湊の潤んだ瞳が先ほどまでなかった小悪魔のように魅惑的な色をたたえている。

 

思い返せばこの瞳に自分は一瞬で恋に落ちたのだ。


「も、もちろんです!」


心の全てを魅入られたかのように、声を裏返らせて返事をする。


背筋をぴんと伸ばし緊張で全身を硬直させている柘植に湊は微笑んだ。


そのまま顔を近づけて優しく唇を重ねると、柘植は目を閉じて、ただされるままになっている。


舌先で柘植の唇を軽くなぞりながら湊が薄く目を開けると、固く閉じた柘植のまぶたの先で長いまつげが戸惑うように小刻みに揺れていた。

 

7歳も年上なのに自分といるときの柘植はまるで世間知らずな少年のようだ。


―― やっぱ柘植さんて・・・・・・

湊は心の中でクスッと笑った。



―― 可愛い。

 

 

 

 

 

ドキドキおしまいドキドキ