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「背中合わせ」
OPテーマ omoinotake 「産声」
EDテーマ DEEP SQUAD 「Good Love Your Love」
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腕時計の針は17時15分を指している。
イベントの打ち合わせを終え「さじま文具」の入るビルを出ると、大勢の通行人が通りを忙しげに行き交っていた。
その多くは帰宅を急ぐ人々だ。
けれど自分はオフィスに戻って、報告書をまとめなければならない。
会社を出るのはたぶん19時を過ぎるだろう。
今日は一刻も早く帰りたいのに・・・・・・。
黒沢は同行している課長の顔にちらりと目をやった。
彼はサービス残業を好まない。
いつも「仕事は業務時間中に片付けろ!」が口癖なのだ。
だから、もしかしたら・・・・・・。
「今日はこのまま直帰していいよ。報告書は明日中で」
―― やった! 予想通り。
課長の言葉に黒沢は心の中でガッツポーズを取りながら、表情は辛うじていつもの冷静さを保っていた。
「はい、じゃあ、お疲れさまでした」
「うん、ご苦労さん」
課長とは反対方向に、逸る心を抑え少し早足になりながらひたすら道を急ぐ。
その足はビルの角を曲がった途端に全力疾走へと変わった。
目指す先にあるのは新宿の大型書店だ。
別館の2階にあるコミック売り場に到着すると一目散にお目当ての本に向かう。
「あった!」
黒沢が手に取ったのは人気のアクションファンタジーの最新刊。
発売日の今日、売り切れる前に何としても手に入れたかった。
これは安達のお気に入りなのだから。
今夜は安達の部屋に行く約束をしている。
喜ぶ顔を一刻も早く見たいのだが、安達は明日の会議の資料を作成するために今日は残業になると言っていた。
本当は手伝いたいのに今回は先輩の浦部も一緒だと聞き残念ながら諦めた。
だから先に帰って夕食の準備をする約束をした。
安達は和食党だが、どちらかというと肉や魚料理よりもあっさりした野菜系が好みだ。
―― とりあえずカボチャの煮物に卵焼き、
それから水菜とベーコンのサラダ、
あと味噌汁は・・・・・・
あれこれ献立を考えながら気が付くと近所のスーパーに辿り着いていた。
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「ただいまぁ~」
玄関先に響く安達の声を聞きつけると、黒沢はガスコンロの火を止め、一目散に走り寄った。
「お帰り」を言いながら、まだリュックも下ろしていないその身体をギュッと抱きしめる。
軽く漂う汗の匂いですら安達はいい匂いだ。
黒沢にされるままおとなしく抱きしめられていた安達がポツリと呟いた。
「黒沢、腹・・・・・・減った」
夕食が終わり二人とも風呂を上がると黒沢は満を持したように安達の目に触れないよう隠しておいたコミックを取り出した。
「安達、これ見て。最新刊!」
「えっ、あ?」
きっと喜んでくれるだろうと思っていた安達のポカンと口を開けた表情は、嬉しいというよりはただ困惑しているという顔つきだ。
―― あれ? なんで?
同じように困惑した顔になった黒沢に安達は言いにくそうに上目づかいで頭を掻いた。
「あの・・・・・・実は、俺も・・・・・・」
足元に置いた黒いビジネスリュックから書店のカバーが掛けられた本をおずおずと取り出す。
「え? それってもしかして・・・・・・」
「や、黒沢が喜ぶかなと思って駅前の本屋に注文しといた。あそこ遅くまでやってるし」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙が二人の間を支配する。
だが次の瞬間、
「あはは」
「ふふ」
同じことを考えていたのが嬉しくて二人で声を上げて笑いだす。
「じゃあ、一緒に読も」
「おう」
ベッドを背もたれにして黒沢が先に腰を下ろす。
そして自分が買ってきた本を片手に隣に座わろうとする安達から黒沢はコミックを取り上げた。
「これは取っとこ。で、こっちを一緒に読もうよ」
―― 二人の気持ちがシンクロした日の記念品。
この空気をまとったまま
大事に保管しておこうよ。
たぶん黒沢はそんなことを考えてる。
「あ、うん」
そのまま黒沢に促され、両足の間に座ると背後から抱きしめられた。
今に始まったことではないが、やっぱりまだなんだか照れ臭い。
けれど黒沢の温もりと優しさに包まれるこのひとときが何よりも幸せだと安達は思った。
「おおっ!」
「すげぇ!」
「うわっ、そう来たか」
子供みたいに無邪気に表情がコロコロ変わる安達の反応が可愛くて、後ろに座わっている黒沢には漫画の内容が頭に入らない。
「あー面白かった。やっぱラ〇ナ最高!」
「うん、だな」
満足げに声を上げる笑顔にうなずくと、振り返った安達がコミックを差し出した。
「はい、これ」
「ん?」
不思議そうな顔で見つめる黒沢に安達はあどけなく笑った。
「黒沢、一人で読んでいいよ。全然、集中できなかっただろ?」
「えっ・・・・・・」
―― てか、なんでそんなに可愛い顔すんだよ。
マジ昇天しそうなんだけど。
心の声がダダ洩れの黒沢の顔つきが可笑しくて安達は思わず声を立てて笑い出した。
「だって俺の顔ばっか見てたじゃん」
平静を保っていたつもりだったのに、やはり安達には心を隠せない。
「俺はノートパソコンで明日の会議資料確認してるから、ゆっくり読んで」
言いながら安達が机を指差す。
その時、ふと思いついたように黒沢が提案した。
「よかったら、あっちでやらない?」
黒沢が指し示したのはいつも食卓に使っているローテーブルだ。
その申し出の意味が分からず安達がキョトンとした顔をする。
「え? うん、いいけど・・・・・・」
安達がテーブルでノートパソコンを立ち上げると黒沢が背後に腰を下ろす気配がした。
また後ろからハグされるのだろうか。
振り返ると黒沢は向こう側を向いて座っていた。
「黒沢?」
そのまま背中合わせになると後ろから黒沢の声が聞こえてきた。
「これなら安達の邪魔にならないだろ?」
黒沢のぬくもりとほんの少しの重さが伝わってくる。
愛し合う二人だからこその0センチの距離。
「なんかいいな、こういうのも」
「うん、だろ」
言いながらにやりと笑った黒沢が仰け反るようにして安達に体重を預けてくる。
「って、重いよ!」
「この重さが俺の愛情」
「はあ? じゃなくて、ただの嫌がらせだろ!」
「あはは、愛だよ、愛」
黒沢とテーブルとに挟まれた安達が本気で声を上げる。
「だから、やめろって!」
この後、黒沢の手にある「ラ〇ナ」も安達の確認作業も1mmも進むことなく平和な夜が更けていった。
おしまい