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「もしも君を失えば」

 

OPテーマ omoinotake 「産声

EDテーマ DEEP SQUAD 「Good Love Your Love

 

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小説の<目次>は こちら

 

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バームクーヘンの入った二つの紙袋を両手で捧げ持ち、1階からエレベーターに乗り込んだ安達は上がっていく階数表示を見つめて溜息を吐いた。


いつものように先輩の浦部からお使いを頼まれたのだが、今日は午前中から予想外のデータ修正も重なって忙しく、明日締め切りの会議資料もまだ完成していない。

―― 今日も残業決定だな。

ここ最近、定時であがれたことがない。


先月、浦部に赤ちゃんが生まれ、それはおめでたいことなのだがそれ以来浦部は毎日定時になると


「じゃ、あとヨロシク」


そう言ってさっさと帰ってしまう。


気持ちはわからなくもないのだが、その分安達に仕事がまわってくるのだ。

 

 

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10階でエレベーターを降りるとフロアが騒然としていた。


「何かあったんですか?」


安達がそう問いかけると人込みを掻き分けて、顔面蒼白の六角が走り寄ってきた。


「安達さん、大変です! 黒沢さんが!」


「え?」


聞けば営業に出ていた黒沢が会社の近くの交差点で乗用車と衝突し、救急車で病院に運ばれたというのだ。


「取引先の人がたまたま道路の反対側から見たって。それでさっきからケータイに掛けてるんすけど ・・・・・・」


狼狽する六角の言葉に安達は手にしていた紙袋を投げ出すと思わずその場から走り出していた。


「この辺の救急なら、〇〇病院よ!」


藤崎の言葉を背中で聞きながら、ただひたすら病院に急いだ。


もし万が一、黒沢に何かあったら ・・・・・・。


最悪の予想が黒い雨雲のように頭の中に広がっていく。

―― 黒沢、なんで? 

         駄目だよ、俺まだお前に何にも・・・・・・

これまで黒沢は傍にいてくれることが当たり前だと思っていた。


いや、そう思うことさえ必要ないほど、いつも誰よりも近くにいてくれた。


自然で空気のように当たり前で、でもそれが絶対なんて保証はどこにもない。


何かの拍子にふっと跡形もなく消え去ってしまうかもしれない、そんな確証のないものだ。


そのことがもし現実になったら、自分はどうすればいいのだろう。


嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だ!


考えるだけで涙が出て息が苦しくて心臓の動悸が早くなる。


足が鉛のように重くて、走っても走っても中々前に進まない。


それでも決して止まることは無い。


黒沢に一目、一目だけでも会いたい。

 

 

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病院に辿り着いた頃には汗と涙で安達の顔はぐしゃぐしゃになっていた。


荒い息遣いのまま受付のカウンターにもたれかかるようにして尋ねる。


「はぁ・・・はぁ・・・、さっき救急車で・・・運ばれた黒沢・・・・・・優一は・・・・・・」


「黒沢さん、ですね。お待ちください」


カチャカチャとキーボードを叩く音を聞きながら、安達はただひたすら祈った。



―― 早く、お願い・・・黒沢・・・・・・

その時、背後から声がした。


「安達?」


「え?」


振り返るとそこにキョトンとした顔の黒沢が立っていた。


「え? なんで?」


「安達こそ、どうしてこんなとこに?」


「だって、お前、車とぶつかって救急車で運ばれたって、会社で・・・・・・」


「ああ、はは・・・・・・」


事態を察したように軽く笑うと、黒沢はここまでの出来事を話し始めた。


「や、すぐ近くでスピード出し過ぎた乗用車が歩道に乗り上げてさ。俺は何ともなかったんだけど、隣に立ってたおばあさんが、びっくりして転倒した拍子に腰を打って立てなくなったんだよ。それで救急車呼んで、俺はそのまま付き添ったってわけ」


「な、何だよ、それ、俺は・・・・・・」


張り詰めていた気持ちがプッツリと切れた。


そして心の中に充満していた思いが一気に吐き出される。


「お、俺は! 黒沢に何かあったら、どうしようかって!」


安達の剣幕に一瞬驚いたように目を見開いた黒沢は、やがて嬉しそうににっこりと笑った。


「ごめん、安達。心配してくれたんだね」


激しい動揺から覚めきれていないかのように安達はうつむいた。


「俺は、お前がいなくなったら・・・・・・」


声を震わせ、今にも泣き出しそうな顔。


前にもこんな安達を見たことがある。


あれは去年の12月、コンペの二次審査があった日だ。


その夜、二人は初めて距離を置くことになったのだ。


もう二度とあんなに辛い思いをしたくない、そして安達に悲しい思いはさせないと固く心に誓った。


「うん、俺もだよ」


安達をそっと抱き寄せ、右手で頭をポンポンと叩く。


その手の温かさに安達は、やっと平常心を取り戻すことができた。


黒沢が無事でよかった。

 

 

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病院の外に出ると雲のない青空に太陽が白く輝いていた。


眩しげに見上げた黒沢がふと思いついたように声を上げた。


「ああ、そう言えば、会社では俺が救急車で運ばれたってことになってんだよね?」


「お、おう」


黒沢が悪戯っぽく瞳を輝かせる。


「じゃあ、とりあえそういうことにして、二人で少しだけ散歩しない?」


「散歩?」


「うん、たまには良くない? 最近お互い忙しかったし」


黒沢の笑顔に安達もうなずいた。
 

そう言えば近頃は土日もイベントが入ることが多く、二人でゆっくりできない日々が続いていた。
 

「わかった」



病院の裏手にある公園に二人並んで足を踏み入れる。


お昼時には昼食をとるサラリーマンやOLで賑わっているであろうオフィス街の公園は、午後二時を過ぎた今は人の姿もまばらだ。


両側に花々が咲き乱れる小道を並んで歩いていると黒沢が安達の右手を取った。


「え、駄目だよ。誰が見てるかわかんねーし」


「見られたら困る? 俺と手つないでるの恥ずかしい?」


切なげに顔を見つめる黒沢に安達は一瞬考えた後、首を横に振った。


世界中の誰より好きな、大好きな恋人と愛し合い、信頼し合って手をつなぐ。


誰に恥じることがあるだろう。


「ううん、恥ずかしくない!」


素直な言葉に安心したように黒沢がうなずく。


並んで歩きながら安達は軽く深呼吸した。


初夏の緑の新鮮な匂いが鼻先から体の中に入り込んでくる。


まるで心まで洗われるように気持ちがいい。


こんなに穏やかな時間は久しぶりだ。


その時ふと、大騒ぎになっていた会社の人々のことが頭に浮かんだ。


このまま帰って事の顛末を報告すれば、皆、安心するだろう。


それは良いとしても、たぶんその後、先輩の浦部の第一声はこうだ。

「で? 会議資料できた?」

記憶の片隅に追いやっていた現実の世界が、一気に蘇ってくる。


―― やべ! 帰るぞ、黒沢・・・・・・


そう言いかけて安達は思いとどまった。


もう少し、もう少しだけ二人でこの安らかなひとときを味わっていたい。


隣にいる愛しい人に顔を向けると安達は微笑んだ。


黒沢が生きて自分の傍にいてくれる。


ただそれだけでいい。

 



「マジで良かった、お前が無事でいてくれて ・・・・・・」
 

そこまで言うと、瞳に知らず知らずのうちに涙が浮かんだ。
 

「もし、お前になんかあったら、俺 ・・・・・・」
 

そうだ、もし黒沢を失ったら自分は生きていけないかもしれない。


同期の一人だった黒沢を今はそれほどまでに深く愛している。

「うん」


微笑んでうなずくと黒沢は立ち止まった。


今にも泣きだしそうなその顔がたまらなく愛しい。


ほんの半年前まで、安達への思いは長い間、独りよがりの片思いだった。


そしてこれほど幸せな未来が来るとは思いもしなかった。

互いの顔を見つめ合いながらつないだ手をもう一度ギュッと握りしめる。


そのまま誰もいない木陰に身を隠すと、どちらともなく優しいキスを交わした。

 

 

 

 

ドキドキおしまいドキドキ