この作品は「おっさんずラブ-in the sky-」の二次創作です。ツィッターのフォロワー様からアイデアを頂き、春田と牧が主人公という設定にしています。

ドラマの「In the sky」とは連動していません。

藤沢飛鳥

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Scene-1

 

牧 凌太(まきりょうた)

―― 27歳、LCCアップル航空副操縦士。

春田創一(はるたそういち)

―― 35歳、アップル航空グランドスタッフ。

 

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第1話から最新話の<目次>は こちら

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早朝の太陽の白い光が、様々なディスプレイとレバーやスイッチが整然と並ぶ旅客機の操縦室に差し込んでいる。

 

離陸前のピンと張りつめた空気の中で、規則的な声が響いていた。

 

「アンチコリジョンライト」

「オン」

「バックス」

「オフ」・・・・・・

 

<コックピット・チェックリスト>を副操縦士の牧が読み上げ、機長の黒澤がスイッチやレバーが必要な位置にあるか、計器類におかしなところはないかを確認していく。

 

計器チェックを一つ一つ丁寧に進めながら、牧は小さく息を吐いた。

 

きつめに締めたネクタイが少し苦しい。

 

長い研修期間を終え、今日はコーパイ(Copilot:副操縦士)としての初フライト。

 

子供の頃からの夢だったパイロットにやっとなることができた。

 

この日のために入念な準備をしてきたが、やはり緊張は隠せない。

 

「大丈夫か?」

 

機長の黒澤の問いかけに、牧は手にしていたリストから目を離し、顔を上げて力強く答えた。

 

「はい! 特に問題はありません」

 

意気込む牧をたしなめるように、黒澤は右手で牧の左肩をポンと叩いた。

 

「お前のことだ。肩に力が入ってるぞ」

 

「あ、すみません」

 

確かに自分でも全身がこわばっている気がする。

 

こんな状態では黒澤にも迷惑をかけてしまうかもしれない。

 

恐縮する牧に黒澤は軽く笑い声をあげた。

 

「はは、謝ることはない。誰でも初めての時はそんなもんだ。俺だって初フライトでは力み過ぎて色々やらかしたさ」

 

「黒澤キャプテンがですか?」

 

さも意外だったかのように目を大きく見開いて問いかける牧に、黒澤は目を細めると懐かしそうに笑った。

 

「ああ、俺にだって新人の頃があったんだよ」

 

機長の黒澤は旅客機の操縦において豊富な知識と経験を持ち、長年安全運航を続けてきた。

 

そのため特別に「グレートキャプテン」と呼ばれている。

 

穏やかに微笑むその顔を牧は改めて見つめた。

 

コーパイになって初めてのフライトが憧れの黒澤と一緒で良かった。

 

一日も早く黒澤のように優秀なパイロットになりたい。

 

「それじゃあ、続けるぞ」

 

「はい! お願いします」

 

 

 

 

 

一方、成田空港出発ロビー。

 

チェックインカウンターの前に立つ春田は背筋を伸ばし深く息を吸い込んだ。

 

空港独特の広々とした空間に流れるこの空気が好きだ。

 

実は成田空港では空間演出として天然のアロマオイルを使った森林の香りを漂わせている。

 

外国人客は時々「日本の空港は醤油の香りがする」と言うが、それはイメージによるもので実際は全く違うのだ。

 

グランドスタッフの中途採用で契約社員となり、約1か月の研修期間を終え、空港で働き始めて2週間、少しずつ業務にも慣れてきた。

 

最近は自動チェックイン機など乗客自身で手続きのできるシステムが主流になり、搭乗手続きは簡便化されつつある。

 

だがそれでも、そういった機械化には馴染めない高齢の乗客などの対応のため、やはり人の手は必要だ。

 

―― お客様の立場に立って、

         真心を込めた接客を。

 

研修初日に言われた言葉を心の中で繰り返す。

 

その時、

 

「あの・・・・・・」

 

背後から聞こえた声に振り返ると、一人の高齢の女性が立っていた。

 

その顔に不安の色が浮かんでいる。

 

「どうかされましたか?」

 

笑顔で尋ねると女性はホッとしたように言葉を続けた。

 

「それが、LCCに乗るのが初めてでよくわからなくて ・・・・・・」

 

LCCは大手航空会社とはターミナルが異なる。

 

だから知らずに空港に来た乗客が搭乗時刻に遅れることもある。

 

チケットを受け取り出発時刻を確認すると、行き先は新千歳空港。

 

既に保安検査場の締め切り時間を過ぎている。

 

だが、まだ飛行機は出発していない。

 

「今日の13時から、札幌で孫の結婚式があって ・・・・・・」

 

本来であれば予約の変更手続きをしてもらうのだが、札幌便は、次の出発が5時間後だ。

 

春田は腕時計を確認するとすぐに顔を上げた。

 

「まだ、間に合うかもしれません」

 

搭乗手続きを素早く済ませ保安検査場へと案内する。

 

「急ぎましょう!」

 

促す春田に女性は恐縮したようにうつむいた。

 

「ごめんなさい。私、足が悪くて速く走れないの」

 

深い溜息を吐き諦めの言葉をつぶやく。

 

「やっぱり間に合わないわね・・・・・・」

 

一瞬だけ考えると、春田は咄嗟にその場にしゃがみこんだ。

 

「どうぞ!」

 

「え?」

 

「僕がおんぶして検査場まで走りますから」

 

 

 

 

 

「困りますねぇ、締め切り時間はとっくに過ぎてます」

 

「お願いします! どうしても札幌便に乗らないといけないんです!」

 

明らかに迷惑そうな顔をする職員に春田は深く頭を下げた。

 

渋々型通りの検査が終わると、春田はまたその場にしゃがみこんでおんぶを促した。

 

「すみません、こちらのお客様、足がお悪いので僕が付き添ってもいいですか?」

 

「はあ?」

 

答えを聞く前に春田は女性を背負って走り出した。

 

「あ、ちょっと!」

 

ようやく辿り着いた搭乗ゲートはたった今、閉じられたばかりだった。

 

「すみません、お客様がまだおひとり搭乗されてないんです」

 

「ええ? 無理よ、出発時刻は過ぎてるわ」

 

「お願いします! お孫さんの結婚式に出席されるそうなんです」

 

春田は女性を背負ったまま、もう一度深く頭を下げた。

 

「お願いします!」

 

余りの熱心さに根負けしたように女性スタッフは溜息を吐いた。

 

「・・・・・・仕方ないわね。一応、連絡はしてみるけど、出発時刻の最終決定は機長の判断だから」

 

「はい!」

 

祈るような気持ちで返答を待つ。

 

しばらくしてインカムを離したスタッフは微笑んだ。

 

「OKよ! とにかく急いでくれって」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

その日の夕刻。

 

オレンジ色の光に包まれ、夕方のラッシュアワーで賑わうB滑走路の到着ロビーで、今日の業務を終えた春田は新千歳空港からの戻り便を待っていた。

 

そこに搭乗を終えたばかりの黒澤と牧がやってきた。

 

「黒澤キャプテン!」

 

立ち止まる黒澤たちの前に進み出ると、春田は最敬礼で頭を下げた。

 

「グランドスタッフの春田創一と申します。本日はご迷惑をおかけして誠に申し訳ありませんでした!」

 

周囲に轟く大声と腰を90度に曲げたその大袈裟な姿勢に戸惑いの表情で顔を見合わせた2人だったが、すぐに呆れた顔つきで牧が進み出た。

 

「あなたですか、出発時刻を遅らせるよう依頼してきたのは」

 

その黒い大きな瞳が鋭く睨みつけるようにして春田を見据えている。

 

 

 

 

 

~ to be continued

 

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