同じ風景を見たいと思い回せども
二度と戻らぬ万華鏡
こんばんは。あすぎです。
土曜日に法事で、札幌に行ってきました。
年忌の法要の後、
その宗派では、必ず、読経くださった導師の方から
法話をいただきます。
文頭にご紹介したお言葉は、その時にお聞きし、
印象に残りました。
若干、うろ覚えなのですが…
万華鏡をのぞいたことがある方なら誰しも
あの小さな穴から見た
美しい世界に心魅了されることでしょう。
そして、
「あぁ~この模様(景色)好きだな…
もう一回見たいなぁ」
と思って、いくら回しても、
その一瞬の模様(景色)が戻ることはなく、
見ることはできません。
中に入っている
ビーズやガラスの破片等や、それを包むオイル
全てがかかわり合い、影響し合いながらも
その一瞬は、一瞬で、同じ景色が繰り返されることは
ありません。
生活、日々の暮らしも、また、同じこと。
単調でも、その幸せな同じ風景は
一日として、同じ繰り返しは、
本当はないのです。
そのことに、気がつくか、気がつかないか…
最愛の人を失った時
その何気ない日々が、輝かしく
そして、
二度と戻らないことに、気がつかされました
しかし、
悲しみのどん底が、永遠に続くわけでも、
また、ありません
万華鏡が、回るように
時間は流れ、月日を重ねます。
その中で、環境や感情が交錯しながらも
様々な関係が、影響し合って
新しい景色が、また、みえてきます
その景色は…
万華鏡に日々の生活を写した法話でした
昨年の2月に義父を失い
そして、
同年の7月に義妹をなくしました
札幌に出向いたのは、
その妹の一周忌でした。
二人兄妹の妹で
二十歳で自分の父と、死別した私にとって
結婚で義理ではありましたが、
父ができたこと
妹ができたことは
なんだか、ものすごく嬉しかった記憶があります。
その得難い二人を同時になくした
昨年は、そんな1年でした。
夫にしてみれば、
私以上の衝撃であったんですけどね…
それでも、
日々、人生は、万華鏡のごとし
輝かしい日々が永久に続くわけではなく
また、
どん底の日々が永遠に続くわけでもなく
だから
この一瞬が愛おしいのだと
思わずにはいられないのです。
そして、
今が、
例え
輝かしい日々であっても
どん底の日々であっても
その風景は、万華鏡がくるくると回り続けるように
昨日、今日、そして明日へと
一瞬、一瞬がつながっているのだと
思うのです。