こんにちは。あすぎです。


8月末にメーカーに点検に出していた、電子辞書が戻ってきました。





やはり、電子辞書には、全く異常はなく、アダプター故障ということで、アダプターがお取り寄せになっていました。


確かに、アダプター故障というよりは、アダプターの機種違いなので、蓄電されるはずがありません。


その後、見つけたアダプターと全く同じ物が、手もとに届きました。


お陰で、


アダプターが2つなりました。



「紛失して、これしかないんですけど…」


と違うアダプターを出して言った手前、


「本来のが、見つかりました」


とも言えず…。


これから、充電は、不自由しなくなりそうです。


これからは、テプラで、


「電子辞書のアダプター」とか、


「デジカメのアダプター」とか、


「DS用」とか


こまめにラベリングしたくなりました。


一層の事、各社、アダプターは、共通にして欲しいなと願ったりします。


自分の整理の不行き届きは、棚上げにしておきます。



それにしても、便利な世の中になりましたよね。


私が、学生だった頃は、辞書というと、重くて厚くて、薄い紙が、科目事に必要でしたが、今は、英語も広辞苑もブリタニカも、その他諸々、この1つに収納されています。


実際に使うのは、ごく一部だったりしますが、語学では、発音を聞けることができたり、関係言語にリンク機能が付いているのも、助かっています。


以前は、何か興味を持つと、それを調べたりするのが、大変でしたが、今は、このような辞書も発達していますし、PCを使えば、瞬時に多くの情報を得る事が出来る様になりました。


しかし、情報が簡単に手に入る様になった為に、検索には、情報を得る為の想像力、より深い興味関心が要求され、また、情報分析能力、管理能力も必要になっています。


また、1頁1頁を時間をかけて、探す楽しみもなくなった印象を受けます。


私が、学生だった頃、語学の先生が、


「一度調べた単語には、アンダーライン、印をつけましょう。そうする事によって、1度調べた事がある言葉なのだというチェックが出来ます」


と言っていたので、その通りにしていました。


しかし、私の兄の辞書には、1つのアンダーラインもありません。


聞いてみると、


「1度アンダーラインを引いてしまうと、「これは、一度調べた事がある」と過信して、ちゃんと読もうとしなくなるから、線は、引かない事にしているんだ」


と、言っていました。そして、


「同じ言葉を調べていても、その前後に、面白い、綴りの似た別の言葉を、その都度見つけるのが、楽しいんだよ」


電子辞書にはない、楽しみかもしれません。




今は、個人のパーソナル携帯電話、スマートフォンが、一般的ですが、


私が生まれた頃は、一家に一台、黒電話でした。


黒電話に戻りたいなとは思いませんが、


時には、電子辞書より、ペーパー辞書には、戻ってもいいかなと


アナログ的な想いを持ちながらも、電子辞書の簡易さに頼っています。