今晩は赤坂の『魚しん』というお寿司屋さんで食事をしてきました
個室に席を取って下さったので
ゆったりと話ができました

朱塗りのようなテーブル
お寿司屋さんなのに
ジャズが流れていたり
ネタもフレッシュで
久しぶりにおしゃれなお寿司さんに
行ってきましたという気分です


今日のメンバーは
私からみると年若い26歳という
現在就職活動中の方もおり
話題は人生についての
思考的内容が多かったのです

中でも興味深かったのが
『散る美学』の解釈

どこで、そういう話になったのかは
定かではないのですが
また、
就職活動中で
咲く前に散る話も
どうかと思うのですが…

散る美学というと
私はなぜか

浅野内匠頭の
辞世の句
「風さそう 花よりもなお われはまた
       春の名残をいかにとかせん」
を思い出すのです

歴女ではないので
解釈は正確ではないので、

「風が花を散らしてしまうのをどうすることもできないように、
私もまた自分自身をどうすることもできず、無念で心残りである」

ということのようです

所詮、散る時というのは
理不尽な出来事であったり、
逆らうことが出来ない状況を
無理矢理受け入れるのであって
その状況で
誰が美しく散ること等考えられるのでしょうか?
と私は思います

その状況を
憂い、憤り、失望し、あきらめて
ようやっと受け入れる

受け入れて、
初めて客観し出来た時
その時、どれだけ足掻いたかがによって
後付けで美学化できるのではないかと
私は思うのですが…

散る時に美学を求めるという考えが
ちょっと不思議に思えた
人生哲学のひとときでした

散ってみて始めてわかる自分の器かな?

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