全く概念もないところからあらゆる概念を創り出した。
今私たちが日常で使っているもの全てが誰かの創った概念だ。
その概念を共通土台として我々は生きている。思えばそれは不思議なこと。
『あ・い・う・え・お』という一つ一つの音から、音と音が組み合わさって、『りんご』という単語から。単語と単語が合わさって、文になり、文と文が合わさって会話となる。
日本人なら、日本語のルールを教わる。
ルールという共通土台を創りあげたこともすごいし、その共通土台をみんなで共有できているのも凄い。
今までの共通土台はなにかを暗記したものによる共通土台だ。
それを暗記できなかった者は、変わり者と言われたり、時に排除されたりする。
だが、この世界は条件によってころころと変わっており、絶対ってものはありゃしない。ずっとその形であり続けるものはない。
私達が、観ている世界はほんのほんの一部分でありそして、そしてその一部分をそれぞれが勝手に解析した主観的な思い込みの世界でしかない。そうであるにもかかわらず、自分が観ている世界が絶対だと信じてやまない。
その絶対と絶対がぶつかり、あらゆる問題が起きてしまう。
一人一人、いろんな背景を持っている。育った家庭環境、地域、国、時代。
実は暗記することによって創られた共通土台だけでは、はかなく、もろいのだ。
知れば知るほど、互いのジャッジが激しくなり、より繋がることが難しくなってくる。
AIまで生むほどここまで人類が進化した今。
我々人類は更なる進化を遂げる。
これからの時代は、誰もが乗れる共通土台が必要だ。
お金の力でまとまるのではない。
なにか一つの思想にまとまるのではない。
利害や損得でまとまるのではない。
なにか有るものに固定されるのではない。
無から有が生まれる仕組み。それを理解し、納得し使う時代。
なにかがなにかを排除し、なにかがなにかの上に立ち個性を潰しあうのではなく、
いろんな違いや個性も生かし楽しめて、全体も底上げが起きていく。
敢えて名前をつけるなら、尊厳という全てを活かす安心ベースの共通土台。