アスペルガーの人は「ジコチュウ」と表現されます。
一般的には「あの人ジコチュウだよねー」という言い方をする時、「自分さえ良ければいいと思っている」という意味を含んで使われます。
アスペルガーの人は、確かに「ジコチュウ」なんですが、それは文字通り「自己中心的」なだけで、そこに「自分さえ良ければいい」という意思を伴ってはいません。
彼らは文字通り「徹底的に自分中心の視点からしか世界が見られない」ただそれだけなのです。
そこに「自分が想像した通りに周囲が動かないと怒りに直結する」という特性と「他人に意見されると極端に傷つき易く、意見した人への怒りに変わる」という特性が加わると、とてもややこしい事態が発生しがちですが、「他人はどうなってもいい」と思っているわけではない事は知っておいて欲しいです。
以前、アスペルガー だと噂される女優さんに対してネット上で「彼女は世界の恵まれない子供たちへ寄付をしているから、他人を思いやれる人なので、アスペルガーではないと思います」とコメントしているのを読んで、アスペルガーは理解されていないと感じました。
彼らだって人並みに、人を助けたいとも、人の役に立ちたいとも思っているのだけれど、往々にしてそのやり方が間違っているので、伝わらなかったり、むしろただの迷惑行為になってしまうのです。
母も昔、ある団体を通じて恵まれない子供の援助をしていました。
「お金を持っている私が、お金に困っているあなたにお金をあげる」そういうわかり易い人助けは簡単に成就するのでクリアできます。
日常生活ではそうはいきません。人には色々な立場やその人なりの感情がある。
他人が何を望んでいるか、望んでいないか、その見極めができない人には、人助けって難題です。
例えば、私が20代後半の時、ヨーロッパのある国で開かれる、外国人の友人の結婚式に呼ばれました。
そこで私は、結婚式場を最終目的地にして、ヨーロッパ一人旅を計画しました。
当時隣の県で一人暮らしをしていた私は、何かで実家に戻ったときに
「結婚式に着物着られたらいいけど、着付けも大変だし、そもそも着物一式持っていくのは重いし大変だから、チャイナドレスにしよう」
なんてことを、ウキウキうっかり口にしたら「私も一緒に行ってあげる
」と母が言い出したのです。
私にとって、「ヨーロッパ一人旅」と「母との旅行」では、「ご褒美旅行」と「罰ゲーム」くらいの差があります。
その言葉はさすがに想像していなかった私
は、焦ってモゴモゴと「あーでも、今回は一人で行きたいかな...」と呟いて、そそくさと家に逃げ帰り、その話は終わったと思っていました。
ところが、そのあとの父からのSOSの電話で、驚愕の事実を知ります。
母は、私が「お母さんも一緒に行こう
」と言って来るのをずっと待っていて、その連絡がないことで、毎日怒り浸透の大騒ぎだったそうです。
「私が一緒に行ってあげるって言ってるのに
荷物だって持ってあげられるし、着付けだってしてあげられる。なんで一緒に行こうと言わないのかが全くわからない![]()
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」
と言って、毎日毎日お怒り怒鳴り
だったそうな。
人からの指摘に傷つき易い母に「お母さんとの旅行は、自分は一切何にもしないくせに文句ばっかり言うから、全然楽しくなから一緒に行きたくないよ
」なんて言ったなら「娘にこんなひどいことを言われた![]()
」とさらに騒ぎが大きくなるだけなので「今回は一人旅がしたい」を通そうとすると「母親なんだから気を使うわけでもないし、一人旅と同じじゃない
」と母。
マジっすか〜![]()
ここまで空気が読めず、自分を客観視できないとむしろ幸せではないかと思うこともしばしば。
自分の視点からしか物事を見られず、周囲が思った通りの反応をしないことで怒りに火がついてしまった挙句、理由を説明したらもっと大変なことになるからそれもできない、ありがちなアスペ家族の袋小路でした。
悪気があるわけではないのは知っています。
だからこそ、家族にこういう人がいると、毎日が試練です![]()