私の母が発達障害だと私が認めたのは、実はごくごく最近のことです。

発達障害関連のテレビ番組を見ると「あれ?母のこと?」と思うことはありました。

けれど、なんでもかんでも発達障害として片付けてしまうことに違和感を感じていたんです。

人にはそれぞれ得手不得手があって、好き嫌いもある。

その中で、みんなそれぞれ失敗して学んだり、傷ついて反省したりして、成長していくのに、「障害」と言ってしまうことに反感を感じていたのです。

 

私はながいこと「母は甘やかされてきたからワガママなのだ」と思ってきました。

私の記憶によれば、母の両親(私の祖父母)もやり込められていたので「祖父母は甘かったのだ」と思っていたのです。

そして、母の夫である私の父は、とても穏やかで優しい人です。

さらに、私も気が弱いです。

「ダメなことをダメ」「嫌なことを嫌」と、ちゃんと言ってくれる人がそばにいなかったのが母の傍若無人の原因だと考えていました。

 

責任を感じた私は、意を決して10年間ほど、母と戦いました。

母が怖くて口答えをしたことのない私でしたが、母に「嫌なことを嫌だ」と伝えるようにしたのです。

 

その結果「どうしてこんなひどいことを言うようになったのだ!」と母は半狂乱になりました。

娘にいじめられている被害者でしかなく「もうダメだ生きていけない!死ぬ!」と毎日大騒ぎで、うつ病と診断され入院したりもしましたが、反省することは一切ありませんでした。

私の努力は、母と一緒に暮らす父を困らせただけで終わったのです。

 

最近改めて「大人の発達障害」と言う本を読みました。

その中で私の心にグッと響いたのは「普通の人よりも少ない情報で判断しなければならないから、アスペルガーの人たちは常に頑張っているのだ」と言う内容です。

「はっ!」としました。

母と長年向き合ってきた私ですが、母の言動の不可解さにその表現がぴったり来るのです。

今までの摩訶不思議で仕方なかった謎が、その表現ですーっと解けていきました。

「そっか、常にサッカーを5人で戦っていたようなものだったんだ...試合にならなくて当然だ」

 

とはいえ「理解できる」と「愛せる」は違うので、だからと言って「今までごめんねお母さん!大好きよ」とは問屋が卸しませんが、今まで絶対にできなかった「共感」ができるようになりました。

 

生きにくかっただろうな... と思っています。