平成22年2月24日 | ???

平成22年2月24日

 


 

 


額賀 信 「よく生きる 人生それだけ」

 


 

 

 

そもそもこの本は、自分の会社が会員となっている団体から、
創立20周年だか何だかの記念品として送られてきたものだ。
巡り巡って、自分の手元にたどり着く。

 

 

銀行関連の団体からなので、
お堅いビジネス本かと思いきや、
内容は、額賀氏が、雑誌や新聞に載せたコラムを元に構成されていて、
その、どこか砕けた内容は豊かで親しみやすく、非常に読みやすい。

 


以下、抜粋


「よく生きる」のは、成功するのとは少し違う。
成功の追求で疲れてしまった人でも、あるいは成功しなかった人でも、
よく生きることはできる。
成功したかどうかは、社会が決める。
しかしよく生きたかどうかは、自分で判断する。
だからどんな人でもよく生きることができる。
そしてよく生きるためには、「よく生きているだろうか」と自問すればよい。
それで十分なのである。

 

 

明日死んでも悔いはないように生きるためには、
今日をよく生きなければならない。
「明日死んでも悔いはないか」と自問することは、
今日をよく生きる生き方を考えることである。

 

 

 

 

幕末から明治にかけて、日本に初めて写真が導入されたころの
人物写真を今でも見ることがある。
そうした写真に写されている人々の何と存在感の高いことかと思う。
残された写真は本当にわずかである。
例えば、土佐の中岡慎太郎には3枚、坂本龍馬には10枚ほどの
写真しか残されていない。
しかし1枚1枚が、その時代と、時代を駆け抜けた人々の人生を
限りなく濃密に伝えている。
当時を生きた人々にとって、短い時間が重い意味をもっていただろう。
そう思わせる何かが映しだされている。
今のデジカメで、私たちはそうした濃密な時間を残せるだろうか。
もちろん幕末当時は、人生の長さが違う。
写真の人物たちも時代をリードした英傑だ。
比較するには本来無理があるだろう。
しかしそれにしても、私たちは、一瞬一瞬を大切に生きているだろうか。
私たちの使うデジカメは、安直な時代と安直な人生を伝えるだけに
終わっていないだろうか。
デジカメを利用しながら、時々そんなことを思う。
道具はしばしば思考を規定する。
デジカメを使っていると、人生まで簡単に操作できるように思いがちだ。
人生そのものは、本来上書きも修正も削除もできないのに、
その時々の時間の重要性がいつの間にか希薄化していないだろうか。
デジカメが写す私たちの人生が、将来大量に削除されることのないよう、
私たちは、今生きている一瞬の重みを、

 

 

しっかりと受け止めなければいけないはずである。

 

 

 

この書籍は、今の自分に、色々なメッセージを伝え、
さらに、イマジネーションまでも拡げてくれる。

 

 

 

 


今できるコト(今やらなければいけないコト)を先延ばしにせず、
一瞬一瞬を精一杯に生きる。
それがきっと、未来を作ってゆくのだ。

 

 

今を生きられなければ、もちろん繋がる明日などない。
黙っているってコトは、今の状況を肯定しているコトだ、
満足しているコトだ、あらゆるモノに満ち足りているってコトだ。
不平や、不満を口に出すだけじゃ、
アンタ、足元に転がっているテメエ自身の恥辱すら拾えやしないさ。

 

 

 

行動せよ!!

 

 

行動せよ!!

 

 

そんな声が聞こえてる。

 

 

 

 


 

 

 

クリエイション・レコーズ物語/パオロ・ヒューイット

 

~座り込むな。

 パンク・ロッカーだったらクラブを作れ。

 バンドを組め。

 雑誌を作れ。

 映画を作れ。

 自分の人生でできることを、なんでもいいからやってみろ。~

 

 

 

 

 




僕は、自分なりの一瞬一瞬を大切にすると心に決める。