主にコミュニケーションの障害と言われるASD。

大人になり、非常に納得の表現と思う。

 

10代は女子と群れるのが苦手で、一匹狼だった。

20代は友と飲み歩くのも楽しいが、一匹狼だった。

この「コミュニケーションの障害」と表現をされても、当時は自分の事とは受け入れられなかっただろう。

親友も彼氏もいて、部活もこなし、夢に向かう。

側から見れば充実した青春時代に思える時間を過ごして来た。

 

だが、大人になり、未だ一匹を好む。

分かち合う仲間が身近に欲しいと思うのだが、好む。

 

時々話す長い付き合いの友人が理解してくれるのだから、さして不都合にもないように思うのだが、どこか孤独にも思う。

 

 

上の子のことでお世話になる臨床心理士との面談でのこと。

ワンオペで育児家事をこなす私を思いやる言葉を掛けてくれた。

分かる人がいるのかと涙が出た。

そんな姿を驚かれたのを見逃さなかった。

 

下の子に加配を付けてもらえず入園できる幼稚園がないこと。

上の子に何度言って聞かせてもルーティンがなかなか身に付かないこと。

夫は気分で育児をするので即戦力としては乏しく、そこに挟んでくるモラハラ発言。

 

つい甘えてしまう。

子の相談のはずが、夫の愚痴を吐いてしまう。

その私に目を覚ませと言わんばかりに、逆に夫の良い部分を話させようとする臨床心理士。

良い部分を話しても、結局は悪い部分に繋げて話してしまうダメな私。

そこで迷惑なのではないかと聞いてみた。

「結局、子供のことなど大変なことを背負い込んでしまっているってことなので、話して下さって良いですよ」

彼は宙を見つめそう応えた。

 

何故かそれを見て話す気が失せた。

私は夫だけを責め悪者にしたいのでも無い。

確かに許せないことは多い。

と同時に、自分の至らない部分も沢山あるはずで、受け入れてくれている事も忘れないでいようと意識してもいる。

その微妙な心の揺れを話すのが面倒なのである。

きっと、彼には夫に感謝しない悪妻にしか見えないのだろう。

そう思うと、また閉ざしてしまう。

 

「理解されようとするな」

昔言われた精神科医の言葉が身に染みる。