その1:
Dateが必要な場面で、いないし、別に求めてもいない時。俺別に、気楽に自分の事話すような人じゃないし、いちいち説明するのもめんどくさいし、結構一人で対処できる。そういう状況。別にDateも求めていないし、手出すとどうせ切れられて厄介な事知ってるから手も出さない。んで、そうしてるとリアルにだめな奴と話さないといけなくなる。まぁ俺がリアルにだめな奴っていう論理はおいておいて、俺は求めてないし、それがないとださいsituationならいたくないので、じゃぁ消えます。

その2:
踊らなくてはならない時。うん、踊れた方が楽しいけど、今そんな事習ってる余裕もない→踊れません。雰囲気悪くするから消えます。

その3:
自分の事を追求していて、それ以外の話題が全く分からない。そして自分が追求している事が周りの人にとって大抵興味がない事も知っている。だから他の人の話題を聞こうかなとちょっと努力する。自分の英語のせいもあって面倒くさそうに対応or結構労力を使って説明される。うん、俺厄介だね、君に取って面倒くさいよね、別に対して君に興味もないんだよね、うん→じゃぁ消えます。

結論:
皆の事が分からない。そして、あんまり興味がない。結構めんどくさい。そうなると話さない。そして自分の事に興味を持つ人もそういない。だからCommunicationって生まれない。

こうやって独身生活は始まっていくのかなーって思った笑。自分にとって価値を置いている事と周囲の違い。そしてCommunicationのなさに苦しむ俺。だからといってこれ以上努力する気もおきない。ようするに俺は疲れている。

ここにきた時は、積極的に話してがんばって友達も作ったし北京でもかなり楽しめた。でも今はただ寝ていたいなって思ってしまう。なんであんなに俺はHappyで外交的だったんだろうか。多分scratchだったから。

そうやっていつも図書館にいてつまんない奴だなーって思われていく。夏も霞ヶ関と六本木に籠ってつまんない奴なんだなって思われていく。自分に満足する為に、オケもスポーツも空手も色んな事を犠牲にしてきた。そのおかげcommunicationを図るツールもなくなっていく。

どうする事のできなさにただただ萎える俺。そして、それでも前に進んでいってしまう事に萎える俺。
こうやって俺は追いつめられていくのかな、人のいない景色に癒されている自分。人生最後までこうだとしたら、俺の人生は間違っていたのかもしれないな。そんなに、俺の選択っていけないんだろうか。

小学校から周りと違うと感じたし、言われてきたし、ベルギーにいっても周りは違って、帰ってきても違って、その差異に苦しんで、またアメリカに来て、ここでもやっと合ったと思いきや、そんなんでもない。だけど日本よかましだからこっちを選ぶんだろう。

多分合う事なんてないんだと思う、自分の基準を保っている以外は。そんなに自分を律する事が悪い事ですか、自分の基準を保つ事が悪い事ですか、神様は信じてないけど、世の中って冷酷なもんだよねって感じた毎日。

悲しいかな。そしてどうして俺がこういう気分にならないといけないのかな、そんなに悪い事したかな。してないでしょう。そして人に話しても自己中って切れられるのが落ちだしさ。相手の事聞こうと努力しても根本的に興味ないでしょって切れられる。そういう努力した後で切れられても何の言いようもない。

本当にだめな人間だね。こう見返しても。いなくていいよって言われてる気がするよ笑。

おやすみ。
世界を一つ一つ読み解いていくと、恐ろしい事が良く分かる。それがどうした?っていう話にもなるけど、正直行ってとても恐ろしい。うーん、ここまでとは恐い。

そして、その世界の中に入りつつある自分の人生。なんとも言いがたい。鼻が良かったとしか言いようがない。

1日頭痛、謎.いつまでも寝れちゃう週末。1週間が一瞬。毎週土曜日はずっと休んでしまう。


Privateサイドと同分野でのPublicサイドでのインターンが決まった。
ありえない場所。アメリカ、NYでのインターンではないのが残念だけど、しっかりと恥をさらさないように勉強してからやってきたい。C曰く背水の陣。そうだとも。C、俺のペーパーの人、副総裁候補だって。しっかり読んで現場みてきたいっす。

今そこで何が起こっているのか、ど真ん中で体験できる。その環境を生かすだけの実力を蓄えておきたい。

本当に自分のHeroみたいな人から本当にシンプルな言葉を頂いた。

「きみはしっかり勉強し世の中に役立つ人間になってください。」

簡単だけど重い言葉を俺は実行していくしかない。勉強ばかり打ち込んで良かったと思った。今は時間があるだけ勉強したいって思う。

イスラエルからの派遣生と始めてまともに話して人生を賭けるとは何かを学んだ。同じ感覚で嬉しかった。自分が与えられている機会を生かしきってないんじゃないかって思って、考えた事から申し出て決まったインターン。

こっちにきてからぶっちゃけ人を好きになる事も、人を追う事もできていない。嫉妬も何もかもない。
そういう感情になる事をあっても、どこかとてつもなく完全に自己否定をする自分がいる。

人を幸せにする、そんな事、今の俺はできない。その思いが、完全に足を止めさせる。人を求める事をやめる。自分は何の余裕もなくて与える事もできないから。

そして過去できなかったというある意味、深い自分に対する挫折というか、苦しさというか。多分根はとても深い。

だからそれだけに自分に与えられた機会に対する結果で返したいって思う。人と話す事ができなくなってしまっても、自分がくそ努力した事が、いつか周りの人のためになればいいって。今自分の事で精一杯だから、俺とすれ違った人に自分の姿だけ視界に入ってもらえればいいなって、今はそう思う。

夏も自分と向き合って格闘します。旅行とか、人と触れ合って遊ぼうかなって思ったけど、まだまだ自分と向き合って切磋琢磨する時間が続く。両者がある時に俺は確実に自分と格闘する事を選んでしまう。慢性的な疲労も吹き飛ぶ程、自分を燃やし続ければ何かを得られる。これが普通になってしまうのだろうか。うーん。w

俺は、与えられた投資に対してきちんと結果を出す。自分を売る事しかできなくて、売り込んで、買ってくれた人達にどれだけ裏切らないか。俺はもうそこだけに注力していきたい。もうそのステージにいる。

次のインターンの場所も恐らく誰もいない場所。そういう所でもがいて、もがいてなんぼの人生を生きたくてきたんだ。

もうやりまくるしかない。どんだけの時間だって投入できる。人とは共有できる感情も自分の中身がほとんどなくなってしまっても、生きてく強さを、この時の為に俺は身につけたんだ。そういう場所でSurviveするための必要条件だと思うから。

いつかまた人と向き合える日が来る。いやあんまり来ないのかも知んない苦笑。C、Annの日本語のエッセイ、「完璧な世界」って題名で、無人な世界の事書いてたよ。ちょっと前の俺と同じ世界観で萎えた笑。
▼どうしてこうも時間がないんだ。

仕事を取るから、時間がないからって愛しくない訳じゃない。
多分お互いそうなんだと思う。少なくとも俺は。

ただ頑張るしかない。時間を作るしかない。
次の21日間へ、またがむしゃらに走るきるだけ。

その後は、北京に飛んで、NYで一息ついて、そのままR Iで次の半年を走り切るのかもしれない。けど、ほらやりたい様にやってるじゃないか。自分は、確実になりたい自分になっている。

けどね、俺は進むからって過去に手にしたたくさんの素晴らしい物を失いたくはない。今自分の周りにいる大切な人だって、物だって失いたくはない。ただ定演があってVn会があって、今の環境の素晴らしさに正直めちゃくちゃ凹んでた。けどさ、俺はまだ見てみたい気がする。

なんでこんなに情緒が不安定だなんて思う人もいると思う。淡々と準備している人だっているしね。ただ、自分はもう淡々とは生きれません。そう見えていても。もうひとっ飛びしてきます。

では。

I found that I can't think too much at the same time. Try act for the one thing.

Think simply.

That's all.
▼日本語の投稿が続いてしまって、申し訳ないです。

昨日は、定期演奏会でした。Vn会楽しかった。とても舞台の上にいる人達が羨ましかった。もうどうなるかわからない。

色々と思う事があります。

正直、自分が選んだ道だし、失う物を気付いていたとはいえ、このような状況になるとは分かっていたとは言え、現時点で、これで良かったのかは分からない。あと2年半走りきってどういう心境になるのか分からない。もちろん、今でもこれが最善なのだと、信じて突っ走る事もできるかもしれない。

自分は、少なくとも、自分の理想に向けた、一切妥協していない最善の生活環境に身を投じた。その環境から逃げそうになっても、精一杯そこに身を停めてきた。その環境の中での行動は人から見れば、全く甘かったのかもしれないけど、自分の中では、その環境の中に身を投じるだけで必死だった。

先輩が、「自分ばかりを見て突っ走っても、誰も嬉しくないぞ、周りを見ればそれは変わるかもしれないけど」と言った。「周りを少しは見ろ、周囲と自分を調整する必要はないけど」と。そういう指摘を受ける事を分かった上で、それでも自分は少しの理想とのずれを、「妥協」という隙間を押し潰す為に、それまでのあらゆる整った快適で幸せで恵まれた環境を放棄した。

自分は、人生を全てこの生き方にかけて、死期に再び自分がこれで良かったのかという疑問に見舞われるのか、と思うと、耐えられない程の恐怖感に襲われる。自分ばかりをみた勝負期間なんか短ければいいのに。

今となって、昔の状況に片思いをしているのかもしれない。こんな事を言いながら、感情を振り切って自分は飛び越えてしまうかもしれない。自分は、何にコンプレックスを抱いて、何に理想を抱いて、何を感じているのかほぼ完璧に理解していると思う。だけど情報量の多さに、自分は何をとればいいのか分からなくなってきた。もう潰れそうだ。自分の選択の結果なんだから、どんな状況になろうと受け入れます。責任はとります。

自分の選択の結果で、自分だけをみてやっていると分かった故の結果なのに、こんな文章書いてごめんなさい。自分は愚かです。

こんな文章書いたら、再び見えてきたので頑張ります。ごめんなさい。

では。
▼久しぶりに日本語で書きます。英語ばかりだと日本語がなまりそうなので。俺の武器はやっぱり日本語だから。

今日、ワグの定演直前のリハを聞いていたら、4ヶ月なのに随分時が経ってしまったように感じて、とてもむなしくて、色々と吹き出してきて、二子玉で本気で倒れそうになりました。視界がクラクラした。

なぜだか分からないけど、リー塾での出来事と、恋愛を経て機械化していた自分が随分と戻ったのだけれど、倒れそうな瞬間再び機械化のスイッチが入りました。人前じゃ崩れられないからね。友人ならまだしも。これをランナーズハイと呼ぶのか、機械化と呼ぶのか分かりません。けど、いつまで吠えて嘆いていても仕方ないので、極力機械化をさけつつ、感情は感じる取るように進む事にします。けどね、いちいち感じて反応しきれない程のものだと思う、もはや。

精神面でも、到達すべき英語力から逆算しても、相当この1年鍛えられそうだわ。正直にいって、この1年間は英語と経済学に専念する事にします。大幅にそのサイドに振り切る事が、今一番レバレッジを効かせる事になるのでしょう。但し、相当恐怖ではあるけどね、SFCなんか行けばこんな日本語、英語ネイティブなんて奴はたくさんいるから。

俺はどこに比較優位を見出せばいいのか、自分の頭脳はどの程度なのかという、恐怖に見舞われている毎日ですが、ワグなどに代表される典型的な平和な学生生活からdeviateしてきて、早4ヶ月、もう戻る所も時間もないし、ここで止まったらただ溺れるかsquashsされるだけなので、とにかく泳ぐ事にします。山も大分見えてきたし。それこそ完璧な絶壁だけど。道筋は自分で示さない限り、もはや見えません。自分で自分を信じて正当化する以外では、今日二子玉川でなったように、正常に日常を送る事ができない状態です。

とりえあず明日の定期演奏会は楽しみにしています。どうなるか分からないけど。本当に楽しみです。

では。
The difference of Education system between in the United States and Japan.

For almost a year and half, I have prepared for my overseas education, including research for school of choice, seeking out the purpose, studying standardized tests such as TOEFL, and writing some college essays. Throughout whole process, I felt with my skin the difference of the process to enter to the University between the U.S. and Japan.

The admission process in the United States requires us to propose what you are in all materials for the university you would like to enter. You have to show your value and view for life, the reason to chose the university, and the role that university will provide through the college life, with the vision in your future. On the other hand, the admission system of Japanese University mainly focus on scores of standardized tests, though some admission process has changed recently, for instance AO system, such as that of Keio University.

What this difference cause is an attitude for living. The admission process in the United States seemed to provide high school students with an opportunity to think about their value, future, and a way of thinking. The students have to think so precisely under the situation force them to propose themselves, that they enable to recognize themselves. They realize clearly what they are want to do or what they are reluctant to do. They grasp what they like or dislike, what they put priority on or not, and on which point they have strong and weak. Then, they, accordingly, think about their future, especially about jobs. They apply their values they figure out before, to choose their jobs. Moreover, they learn not only a way of thinking, but also a way of living through whole this process. A life usually asks you about your-self in each situation that requires to make decision. At that time, the way you will probably take is to remind your own values, set the goals, and decide. This is the only way to survive your life with owning yourself. The U.S. admission process, from a viewpoint which mentioned above, forms a students attitude for living.

Japanese student, by contrast, had a few chance to think themselves till adult as an member of society. Because they do not learn enough the way of thinking by oneself due to the luck of opportunity, especially in their admission process, they prone to rely on a tone of mass-media or other people around them. The admission process which only focus on their test scores, results these tendency, though as is not the only cause of these phenomenon. Japanese is said to think similarly, feel as community and easily effected by public mind. These aspects do have benevolent characteristics, however, the world is already changed more severely. The life is more unpredictable than before when a mono-value is in the society,and nowadays , nobody protects from the inundation of multifarious way of living or so much information, even if you perplex to face it. Nobody helps you to decide your own life.

Japanese have to think about your-self before your assets will have been taken by the others. Considering these problems, it is effective solution to change admission process in Japan in order to provide the young with chance to learn a way of thinking before they have to take responsibility for their country. It is the time to think about themselves since the time when they enter to universities. If the admission process will be changed, students never lose purpose of living, and never waste their time in their universities.
What a fuckin' result I received today. Well, that was the result worth to me, I do know that more than anyone, though. I welcome to continue fighting against it. I learned before, that it does not have any meanings to regret something, to pity my-self, or to despair. What cause value is only to keep trying to brake it.

Life is simple, setting visions, analyzing myself, and fighting in order to achieve them.
I'm never doing this for anyone, just for myself ultimately, however, perhaps I 'll effect on someone as a result.

I do know there are someone doing more than me, struggling in more harsh situation, experiencing lacking of luck. Thus, I make a run faster.

Hey, what's up with you?
Me? The same as usual.

Bye!

"You know what I mean?"
This is the most phrase that I do not want to use for someone , especially to my babe. I do know that words never become to be the notification or the proof that we trust each other. Words are always artificial, whether it has positive meanings or not.

Todays are much better than the days will come. I can not imagine how severe it is if risks invade our lives economically. As you know, a life in the developed country is beautiful or wealthy enough to spend time as a life of average.

What is average, madman?

What is of your own life, madman?

Yes, we can live our own life more easily as an average man than the past, due to freedom made by our ancestors.
Yet, it becomes hard for me to live my own life as the man of me.

I know that somebody called this belief an identity-crisis, however, I want to say all of you, how do you prove that you lived your own life at the end of the hell? I'm very scared that I will have finished my life as common man of Japanese, Alumni of My University, and the worker of ○○ company, or the member of some organization.

You might think this cry is exactly that of child. However, I'm not the kind of man who write these articles unconsciously. You should not forget that you are children of someone. You are the one in your family, classroom, and some organization, thus it is natural for you and me to be the one in the world.

Bye!