いま。 k
リビアをはじめ北アフリカや中東各国では数字では把握出来ないほどたくさんの血が流れ、虐殺、奮起、強奪、絶望、悪夢のような光景が、感情が、ぐちゃぐちゃに渦巻いて繰り返されています。
でも、日本に住んでいるオレには残念ながらその凄惨な世界がよく想像出来ません。
どんな事情で誰が誰に憤怒し、どんな国と国の関わり合いによってこんなことになったのか、そこにすんでいる人たちは今どんな思いで夜を越えているのか、
オレには全くわかりません。
ニュージーランドで何人がビルの下敷きになっていようが、日本人が何人行方不明になっていようが、やはりオレにはよく飲み込めません。
アタマで知っても、感情はそこにありません。
遠い世界のデキゴト、ヒトゴト、
そうやって毎日ニュース観ながら読みながらも、温かいごはん食って、ジャンプ読んで、歌って、ゆっくり半身浴して、やわらかい毛布に包まれて寝ます。
そこのフィルターはなんなのか?
世界と、目の前の現実を隔てる膜はなんなのか?
よくわからないけど、たとえもし明日、オレが夜中のどっかの交差点で無免許未成年の信号無視に跳ね飛ばされて死ぬ運命だったとしても
オレは何も知らないまま、何もわからないまま。
やはりいつもみたいに悠々自適に今日を暮らすでしょう。
ナントナク、ヒトゴトみたいに。
日本だろうかアルジャジーラだろうがイラクだろうがスイスだろうがエジプトだろうが中国だろうが北朝鮮だろうがアメリカだろうがインドだろうが火星だろうが木星だろうが銀河系だろうがどこに住んでいようがきっと同じなんだと思う。
自分がリアルじゃない限り、周りの世界がリアルであるはずがない。
人生に命に死に誠実に向き合えない限り、生を意識出来るわけがない。
だからなかなかオレらは今を生きれない。
だって難しいもんな。どこもかしこも平和ボケの麻酔に溢れてて脳ミソ麻痺しちゃってるし。
生まれたときから何十年とかけて、ありもしないようなジユウとかキボウとかヘイワとかビョウドウとかアカルイミライとかただ漠然と信じ込まされて、でも誰も肝心なそれを手にする方法は教えちゃくれない。
とかなんとか若者は嘆いたり何かのせいにしたりしてますが、でもやっぱこのままじゃいけないなぁーなんてのもたぶんなんとなく気付いてたりもする。
ネットであれ
Twitterであれ
テレビであれ
新聞であれ
政治家であれ
先生であれ
外国人であれ
フリーターであれ
大人であれ
子どもであれ
誰だっていい、どんな方法だっていいから、いまと向き合わなきゃな。
きっと世界との扉は自分の中にあって、それを空けられるタイミングはいつも、過去とか明日とかじゃなくて今なんよな。
鍵を閉めなきゃ怖くて暮らせないのはわかってる。
けどたまにでいい。その扉を空けないと、空気が篭って澱んで見えなくて腐ってしまう。
世界があるのは自分の身体の外じゃない。
でも、日本に住んでいるオレには残念ながらその凄惨な世界がよく想像出来ません。
どんな事情で誰が誰に憤怒し、どんな国と国の関わり合いによってこんなことになったのか、そこにすんでいる人たちは今どんな思いで夜を越えているのか、
オレには全くわかりません。
ニュージーランドで何人がビルの下敷きになっていようが、日本人が何人行方不明になっていようが、やはりオレにはよく飲み込めません。
アタマで知っても、感情はそこにありません。
遠い世界のデキゴト、ヒトゴト、
そうやって毎日ニュース観ながら読みながらも、温かいごはん食って、ジャンプ読んで、歌って、ゆっくり半身浴して、やわらかい毛布に包まれて寝ます。
そこのフィルターはなんなのか?
世界と、目の前の現実を隔てる膜はなんなのか?
よくわからないけど、たとえもし明日、オレが夜中のどっかの交差点で無免許未成年の信号無視に跳ね飛ばされて死ぬ運命だったとしても
オレは何も知らないまま、何もわからないまま。
やはりいつもみたいに悠々自適に今日を暮らすでしょう。
ナントナク、ヒトゴトみたいに。
日本だろうかアルジャジーラだろうがイラクだろうがスイスだろうがエジプトだろうが中国だろうが北朝鮮だろうがアメリカだろうがインドだろうが火星だろうが木星だろうが銀河系だろうがどこに住んでいようがきっと同じなんだと思う。
自分がリアルじゃない限り、周りの世界がリアルであるはずがない。
人生に命に死に誠実に向き合えない限り、生を意識出来るわけがない。
だからなかなかオレらは今を生きれない。
だって難しいもんな。どこもかしこも平和ボケの麻酔に溢れてて脳ミソ麻痺しちゃってるし。
生まれたときから何十年とかけて、ありもしないようなジユウとかキボウとかヘイワとかビョウドウとかアカルイミライとかただ漠然と信じ込まされて、でも誰も肝心なそれを手にする方法は教えちゃくれない。
とかなんとか若者は嘆いたり何かのせいにしたりしてますが、でもやっぱこのままじゃいけないなぁーなんてのもたぶんなんとなく気付いてたりもする。
ネットであれ
Twitterであれ
テレビであれ
新聞であれ
政治家であれ
先生であれ
外国人であれ
フリーターであれ
大人であれ
子どもであれ
誰だっていい、どんな方法だっていいから、いまと向き合わなきゃな。
きっと世界との扉は自分の中にあって、それを空けられるタイミングはいつも、過去とか明日とかじゃなくて今なんよな。
鍵を閉めなきゃ怖くて暮らせないのはわかってる。
けどたまにでいい。その扉を空けないと、空気が篭って澱んで見えなくて腐ってしまう。
世界があるのは自分の身体の外じゃない。