いよいよ沖縄から始まった今回のチャリ旅も最終日になってしいました。
最終日の4月7日は横浜から僕の実家がある千葉まで一気に移動しました。

東京の道は交通量が多いわりには走りやすくていいペースでどんどん進むことができました。
前もって調べていた情報ではレインボーブリッジは自転車では通行できないとのことだったのですが、レインボーブリッジを通れたらかなりの距離の短縮になるので行ってみることにしました。
いざ橋の下まで来ると係の人が二人いたので自転車で渡りたいと伝えると、今はまだ実験段階だけど、自転車に足かせをつけて押していけば通行OKとのことでした。
この足かせがまたやっかいで、自転車の後輪に小さな車輪が付いた木の枠をつけて自転車に乗れないようにした物で。小さな段差があるたびに引っかかってずれてしまうので直し直し進まなければいけませんでした。どうやら自転車は通行禁止というのは渡る人のマナーが守られないことが原因みたいです。

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レインボーブリッジを渡り江戸川を越えるといよいよ僕のふるさと千葉県に入りました。
右手に見えるディスニーランドを横目に進み、僕が通った高校のあたりを越えるといよいよ僕が車の教習でよく運転した道が見えてきました。
狭いくせに交通量の多い成田街道をひた走り、友達が講師をしていた個太郎塾の横を通りやっとこさ僕の地元ののどかな田んぼの風景に出会うことができました。
買ったばかりの僕の自転車の総走行距離は2052キロ。新品だった後部のキャリアーは足が二本とも折れボロボロ状態。後輪は歪みタイヤの山は削れてほとんど無くなっていました。

はっきり言ってチャリ旅を始める前は自分はできないだろうと思っていました。
最初の一週間はまだ自転車を長距離こぐことに不慣れでとても辛く、最初の野宿はいつ注意されて路頭に迷うんじゃないかととても不安で寒い夜をすごしました。
でもそういう状況が当たり前になってくると、楽しむ余裕も出てきてこの旅がものすごく好きになりました。人との出会い、アクシデント、旧友との再会、素晴らしい景色、永遠と続く坂道。酸いも甘いもこの旅のすべてが醍醐味だったな~と心から思います。本当にやってよかった。
旅を終えて早三ヶ月経ちましたが、今でも誰とどこ会って何を話したか、どこを通る時にどのように感じてどのような天気だったかなど事細かに覚えています。これも金銭的な理由だったにせよ自転車という交通手段を選んで、安宿に泊まり、汗をかきながら一生懸命こぎ続けたからだと思っています。

今後誰かに旅をしてる間に何をしていたかと聞かれたら僕は胸をはって”生きていた”って言えるでしょう。旅の中で語り尽くせないほどたくさんの事を経験したけど、この言葉が旅をしていた自分を表すのに一番ふさわしいんじゃないかなと思っています。この旅が僕の人生観を変えたことは言うまでもありません。今後僕の人生の中でこのような素晴らしい旅にまた出会い、多くを学べることを祈っています。

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4月7日の行程
http://www.everytrail.com/view_trip.php?trip_id=1030799&code=4788acc2035d96dcf1e71c445a64d432

4月7日の走行距離: 74キロ
こいだ時間: 4時間6分
消費カロリー: 1068kcal

チャリ旅 
総走行時間:101時間58分55秒
総走行距離:1822.3キロ
平均速度:17.2キロ毎時
総消費カロリー:24396.5kcal

いよいよ自転車の旅も大詰め。あと残り2日となりました。
4月6日は小田原から横浜まで移動しました。

小田原では漫画喫茶に泊まったのですが、大きな街だったので9時間プランまでしかなくしかたなく2駅離れた漫画喫茶まで行って泊まりました。朝の10時くらいに小田原をあとにして横浜へと向かったのですが、横浜市内に入るまではわりと平坦な道が多くとても走りやすかったです。
しかしながら途中バイパスに行く手を阻まれ、迂回路を探したのですがうまく見つからなかったのでバイパスを強行突破しました。

横浜ではまず赤レンガ倉庫を探索してから大桟橋埠頭に行き、芝生の上でビールを飲みました。
横浜は何度か訪れたことがあったので、やっと関東に戻ってきたなという実感がわきました。

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僕は東北大震災が起こった当時は大分県の佐伯にいたので全く揺れを感じなかったのですが、テレビでは繰り返し地震がおこったときの横浜の映像が流れていて人々がビルの瓦礫が落ちてくる中を間一髪で逃げていくのを見ていました。まるで映画のワンシーンでも見ているかのような感じがして実感がなったのですが、いざ横浜まで来ると地面がひび割れていたり、道路には段差ができていてたりして急に現実味をおびてきたのを覚えています。それと同時に自分の実家がどうなっているのかも心配になりました。
 
4月6日の行程
http://www.everytrail.com/view_trip.php?trip_id=1030792&code=b9c7c153d373784f4f6f7d19a680b851

4月6日の走行距離: 58キロ
こいだ時間: 3時間19分
消費カロリー: 849kcal
4月5日は道の駅富士を出発して箱根峠を越え、小田原まで移動しました。
前日の夜は道の駅に到着したときにすでに真っ暗だったので見えなかったのですが、朝起きるとすごくきれいな富士山が僕を出迎えてくれました。
朝の6時には起きて出発の支度をしていると、掃除のおじさんとおばさんがせっせと道の駅を掃除していました。僕はちょっと煙たがられるのかなと思って気まずそうにしていたんですが、サングラスをかけた掃除のおじさんが話しかけてくれて旅の事を話すとすごい応援してくれました。去り際に「またおいで~」と言ってもらったのですが、自転車ではここにはもう来ないだろうと心のなかで思いつつ道の駅をあとにしました。

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箱根峠までの道は至ってなだらかでとても走りやすかったので1時間位で峠の近くまで来ることができました。至って順調だと思っていた矢先、自転車からの不審な音に気づいたので自転車を停めて見てみると、前に壊れてしまったのと反対側のキャリアーの足がポッキリ折れてしまってました・・・。
運良く街の中で壊れてくれたので近くの100円ショップに行き結束バンド(極太)を購入して応急処置を施すことができました。これがもし箱根峠の下りで壊れていたら・・・時速60キロでバランスを崩して転倒、そのままあの世だったのかもしれません・・・。箱根峠に入る前に壊れてくれて感謝です。

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前に広島で出会ったKくんは箱根峠を東京側からみぞれの降る中自転車を押して越えてきたらしくこの旅で一番辛い道のりだったと言っていたので、僕も気合を入れていざ峠越えを開始。上りはうねうねとした上り坂が永遠と続いていて、ギアを一番軽くしてやっと登ることが出来るくらい結構急な坂道でした。
前を見ていても永遠と続く道にやる気がそがれるだけなので下を向いたままずっとこいでいくと、途中に山中城跡の駐車場横にあるおそば屋さんを発見。一息いれるために山菜そばをいただきました。おそばをいただいたら腹を休めるために山中城跡を少し散歩しました。山中城は自然の要塞みたいな場所に建っていて、独特な形をした空堀がたくさんありました。城の中には溜池があって、昔はそこの水を飲んでいたそうですが見た限りとても飲めるような水じゃなさそうでした。

おそば屋さんを出発してからは約1時間半くらいでやっとこさ峠の頂上に到着しました。標高はたったの840mですが、登るのに3時間もかかってしまいました。
上りの連続で汗だらだらでくたくただったので、温泉に入りたいと思っていると元箱根で温泉を発見。湖畔にある旅館の最上階にある露天温泉に入ったのですが景色が抜群に良くてお湯も最高、とてもリラックスすることができました。
着いた時間も結構遅かったので、温泉をいただいたらさっそく箱根を出発。旧東海道を通って小田原へと向かいました。
登りと違い、旧東海道の下りは恐ろしいほどに急でかなりのスピードがでました。でもおかげで一時間とたたずにふもとまで降りることができ6時頃には小田原に到着することができました。

家に着いてから気づいたのですが、この時点で後輪のスポーク(骨組)が2本も折れていたことが判明。箱根峠を下るときに最高62キロで走っていたので、もし後輪がポッキリいってたらと思うとすごく怖くなりました・・・。またこの時期はアブラムシが大量に発生し、びゅんびゅん目の中に飛び込んで来たのですが、目を閉じたらあの世行きだと思ったので痛くても無理やり目を開きながら走りました。
ロードバイク乗りの人たちがサングラスをする理由がわかった気がしました。

4月5日の行程
http://www.everytrail.com/view_trip.php?trip_id=1030788&code=b7e6850fcbdcc3e64312603ef0966771

4月5日の走行距離: 74キロ
こいだ時間: 4時間45分
消費カロリー: 1101kcal