https://youtu.be/28f6znYxFfM


 『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』(SOLID STATE SURVIVOR) は、YMOの2作目のアルバム。1979年9月25日にアルファレコードからリリースされました。

 先行シングルはなく、後に「テクノポリス」(1979年)、「ライディーン」(1980年)がシングルカットされた。 前作『イエロー・マジック・オーケストラ』(1978年)が日本国外でのリリースが決定した事で、国外でのリリースを意識して制作されています。 オリコンチャートでは最高位1位を獲得。 YMOの名を世界的に轟かすことになったアルバムとして知られています。

  このアルバムでは初めてコンピュータによるオート・ミックスを試みています。しかし、当時は精度が悪く、録音に時間がかかりすぎたこともあり、後のアルバムでは手動のミックスに戻しています。当時のトラックシートの24トラック目に「Timing Code」と書かれている曲が多いですが、これはコンピュータ・ミックス用の信号のことを指しています。

 前作のA&Mミックスを制作した翌月から録音を開始。前アルバムを制作した勢いを維持した状態であった。坂本龍一さんと高橋幸宏さんは意識がイギリスにあったこと、高橋さんが自分の意見を言うようになったこともあり、フュージョンやオリエンタル・ディスコミュージックの要素が一掃され、ニュー・ウェイヴ色が強くなり、その点で当時のイギリスにおける音楽状況の変化が作風に現われている。 当初、アルバムタイトルは「メタマー」(突然変異を意味する「Metamorphose」の造語)と付けられていました。「メタマー」に関して細野晴臣さんは「YMOのテーマはメタ・ポップス」と語っており、この言葉は「ミューテート(変異)とポップス」を組み合わせた造語でした。 本アルバムは日本においてテクノポップという一ジャンルの先駆けとなり、その後「YMOチルドレン」と呼ばれるミュージシャンたちに多大な影響を与えたが、制作当時のYMOにそのような気負いはなく、単にスタジオでの音作りを楽しんだだけのつもりでした。この頃からクラフトワークやYMOを指して「テクノ」「テクノポップ」というキーワードが使われ始め、細野さんはようやく「ああ、(自分たちは)そうなんだ」と気がついたといいます。また本作は商業的な成功を狙っていたわけでもないため、リリース後ワールド・ツアーに出ていたYMOは、ツアー先で日本国内での本作のヒットの報を聞き驚いたそうです。細野さんは「そういうことを意識しないほうが面白くできるから」とむしろ困惑したと回想しています。

 本作リリース後、1979年10月16日のベニュー(ロンドン)での公演を皮切りに、全世界6都市9公演のワールド・ツアー「YELLOW MAGIC ORCHESTRA TRANS ATLANTIC TOUR」を行っています。このツアーでの模様が後にライブ・アルバム『パブリック・プレッシャー』(1980年)としてリリースされています。


 1980年の第22回日本レコード大賞において、優秀アルバム賞を受賞。 本作は107.0万枚1982年CD発売前のミリオンセールスアルバム(オリコン集計)は、本作を含め4作。


 70年代末でこの音は物凄く革新的で、おしゃれな音楽だったでしょうね。今でこそ時代を感じますが、計り知れない影響を国内外の音楽に与えていますね。僕は子どもの頃、歌謡曲、クラシック以外で初めて触れた音楽で衝撃的でした。後のアルバムも先鋭的でかっこいいのですが、純粋に聴きやすいのはこれだと思います。

 今年に入ってから、井上陽水さんとYMOが何故かマイブームです。





 



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