https://youtu.be/qtSad3lM74I


 おニャン子クラブのデビュー曲。1985年7月5日発売。オリコン週間5位。ザ・ベストテン週間5位。

 おニャン子クラブが番組アシスタントグループとしてデビューしたフジテレビのバラエティ番組『夕やけニャンニャン』放送開始から3か月後に出されたものの、同じスタッフが関わっていた『オールナイトフジ』番組アシスタントグループのオールナイターズが歌手活動を中心にしたアイドル的な展開を成功させていたことから、それを基にしたおニャン子クラブもデビュー以前の企画当初から歌手活動は計画されていました。

おニャン子クラブはこの曲の発表時14人の編成となっていましたが、4人のフロントボーカルを置き、残りのメンバーはコーラスとバックダンサーに廻りました。フロントボーカルに選ばれたのは、新田恵利さん、中島美春さん、福永恵規さん、内海和子さん。内海和子さんだけはおニャン子クラブでデビューする前から芸能活動経験があり、平尾昌晃さん音楽教室に通うなど歌唱レッスンを受けていた経験を持ち合わせていましたが、他の三人は未経験した。当時、国生さゆりさん河合その子さん城之内早苗さんらがおニャン子クラブの一員となっていて、国生さんは『夕やけニャンニャン』のパイロット番組の美少女コーナーで優勝、河合は歌手志望で鍵盤楽器も演奏できる腕前、城之内さんは幼少のころから民謡を習っていてそれでプロにスカウトされたことなどアドバンテージがありましたが、3人はすでにレコード会社はソニー所属であったため、キャニオンレコードでリリースされる本作ではコーラスに廻されました。

発売日前日の1985年7月4日、当時のアイドルのイベント場所のメッカ、池袋サンシャインシティアルパ噴水広場にて、この曲の発表会&握手会を予定していましたが、当初予想された500人を大幅に上回る4000人のファンが駆けつけた為、おニャン子メンバーが怖がってしまい、また現場の混乱をおそれてやむなく中止しました。

発売された週のオリコン順位は全国総合で34位でしたが、東京では14位を記録。逆に当時「夕やけニャンニャン」がネットされていなかった中国・四国・九州では100位にも入っていませんでした

1986年6月末現在でのシングル売上はレコード会社の公称で51万枚。

1番に「エッチをしたいけど」という歌詞が登場しますが、この曲が作詞された当時「エッチ」という語は直截的に性交を意味せず、性的ニュアンスは含むものの、具体的には何を指しているのかよく分からないあいまいな表現でした。当時の「エッチ」という言葉が、「ヘンタイ」という意味とは別に「性行為」の意味として一般に普及することになった楽曲とも言えます。

 ちょっとこの曲は、事件だったかもしれませんね。アイドルソングの不文律として、あるいは送り手側とリスナーの暗黙の了解として、“処女性のキープ” というのは、絶対的に存在していましたから。それを秋元康さんは破ってしまった。

デートに誘われて
 バージンじゃつまらない
 ちょっぴり怖いけど
 バージンじゃつまらない

 表現が直接的すぎて、眉を潜めた人、嫌悪感を抱いた大人たちも多かったかもしれませんね。何となく1985年頃って日本って平和で能天気だなって子供心に思ってました。時代が時代なら炎上したかも。良くも悪くも80年代を象徴する曲かも。アイドル冬の時代が来るのを内側を暴露することで早めてしまったかもしれません。



僅か3年弱の活動でしたが、毎週代わる代わるおニャン子クラブ、またはその派生グループ、ソロデビュー歌手がオリコン1位になってました。しかし、やっぱりアイドルの在り方のようなものを変えたことは確かな気がします。やはり、手の届かない存在であってほしい。ちなみに僕は子供ながらに河合その子さん、高井麻巳子さんは可愛いなと思ってました。