なんて事は書きたくないですが、事実だから仕方ない
MISIAのデビュー後から2000年あたりまでが1番盛り上がったのでは?
といっても実際にヒットした人はほんの一握り
しかも、今現在も純粋なR&BとしてやってるのはDOUBLEくらい??(他にいたならスイマセン)
みんな音楽性が変わったり、活動やめたり
ちなみに2000年位でこのブームは去りかけた様に思えましたが、数年後にJAPANESE R&Bというものを完全に確立する事になります!メデタシ!メデタシ!
なんて事は書きたくないですが、事実だから仕方ない
MISIAのデビュー後から2000年あたりまでが1番盛り上がったのでは?
といっても実際にヒットした人はほんの一握り
しかも、今現在も純粋なR&BとしてやってるのはDOUBLEくらい??(他にいたならスイマセン)
みんな音楽性が変わったり、活動やめたり
ちなみに2000年位でこのブームは去りかけた様に思えましたが、数年後にJAPANESE R&Bというものを完全に確立する事になります!メデタシ!メデタシ!
98年頭にMISIAが つつみ込むように でデビュー。MISIAの誰もついていけない歌唱力とWATARAIのズ太いビート、MUROのラッパーとしての参加によりCLUB、DJ間では発売前から話題騒然となりアナログは即SOLD OUT!その話題とともにCDデビュー!後はご存知の通りです。日本の音楽の歴史を変えた!と言っても過言ではないでしょう。その歌唱力にしても楽曲のスタイルにしても
つう事で、JAPANESE R&Bブームの原点は宇多田ヒカルじゃありませんよ~(宇多田は好きです)
一時は激レア化(死後)したアナログ盤。現在どのくらいなんでしょうか?ちなみに限定5000枚!!限定で5000?どんだけ多いんだよ!と、今のデジタル世代は思うかもですが。当時のアナログの需要とこの曲のインパクト考えれば決して多い数字ではなかったのです
MUROもWATARAIもこの曲でいっきにメジャー化。後にWATARAIはR&BのREMIXにはなくてはならない存在となる。前年のhasebe(Sugar Soul)と同様のパターンですね。MUROは95年くらいからMIIXテープのKING OF DIGGIN'シリーズを、97年から伝説のラジオ番組DA CYPHERで生MIXLIVEやっててラッパー以外での活躍が目立ってたけど、ラッパーである事を再証明。後にソロアルバムも出す
ちなみにJunior VasquezがやったHouse Remixも相当話題になってました。当時MADONNAなどもてがけていた超人気DJでしたから。MISIAデビューはHIPHOP,R&B層からの支持だけではなかったのです
97年Sugar Soulがthose day(マキシ)でデビュー。
このタイトル曲、松任谷由美のネタ使いやった?まんまカバーやった?
自分的には微妙な曲やった為、覚えてない(笑)
まあ、結局はこの中からの12インチ、 今すぐほしい がSugar Soulの名を決定的にしたんだけど。
この時sugar soulは、AIKO, DJ HASEBE. KAWABE,
とのユニットであっことに大きな意味があったと思う。
HIPHOP、CLUB、などともリンクしたR&B。DJ USEの本格的R&B。
ただ、クラブ、DJ、インディーズ間の話題であって、そこまで知名度は上がってなかった
Sugar Soulの名が爆発的に広がるのはまだ後。
正直この時はJAPANESE R&Bはこのまま決定力がないままファンの間だけで終わりそうな気がしていた
が、時代は動くことになる!!