TOKYO 2025 DEAFLYMPICS の柔道競技は、東京都足立区綾瀬の東京武道館で行われました。
私の役割は競技進行係ですが、一緒に競技進行係を務めた石山隆英先生(全柔連・大会事業委員会)が競技のほとんどを取り仕切ってくださったので、私はもっぱら補佐役にまわりました。
DEAFLYMPICS とは DEAF + OLYMPICS のことで、DEAF とは英語で「耳がきこえない」という意味だそうです。
DEAFLYMPICS は、国際的な「きこえない・きこえにくい人のためのオリンピック」で、1924年に始まり今回で25回目。今大会は100周年を記念する特別な大会となりました。ちなみに日本では初めての開催です。
私が DEAFLYMPICS を身近に感じたのは今年2月の日本大学への出稽古で、本校生も今日の代表選手たちに稽古をつけていただきました。
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嬉しかったのは、大会を演出する会社の代表取締役でプロデューサーの方が春日部市出身の中島康之さんで、なんと競技進行係の石山先生や松岡圭一先生(大東文化大学第一高校)と同い年、しかも東部地区の高校で柔道部だったことです。
同じ時代に埼玉県の東部地区でともに柔道部だったなんて、もう他人ではありません(笑)。しかも中島さんは私の右隣の石山先生の右隣に座って演出していたので、大会の3日間、嬉しい気持ちで過ごすことができました。
中島康之さん
◾️中島康之さんのイベント企画会社
一方、悲しいこともありました。表彰式で、中立選手団として出場していたロシアの選手と同じ表彰台で記念撮影することを、ウクライナの選手が拒否した場面です。
ウクライナの選手にしてみれば「同じ表彰台に立って笑顔で写真なんか撮れるわけない」となりますが、それは当たり前です。
政治がスポーツに暗い影を落とした瞬間を目(ま)の当たりにして、悲しい気持ちになりました。戦争が一刻も早く終わることを願うばかりです。
大会結果は報道のとおりですが、最後の最後の男子団体3位決定戦の大将戦で勝利を引き寄せた、蒲生和麻選手の渾身の技ありには胸が熱くなりました。
東京2020パラリンピックの時にも感じましたが、ハンデキャップがあっても柔道に打ち込む姿に感動します。両肩の腱板断裂修復手術なんて、どうってことありません(苦笑)。
私にとってはそう思えるくらい、勇気と元気をいただいた TOKYO 2025 DEAFLYMPICS になりました。
大会関係者の皆様、ここでは絶対に書けないようないろいろなことがたくさんありましたが、とにかくおつかれさまでした。これでグランドスラム東京が、グッと楽になりましたね♪(苦笑)
山岸裕二さん・高橋靖信さん・岡泉茂委員長
小林幹佳さんと吉田敏男さん
瀬川洋コーチと小林樹青さん
73kg級3位決定戦を戦う蒲生和麻選手
蒲生和麻選手の内股
すっかり仲良しの SAYIDOV 審判員(UZE)
観客席からのすごい応援
メディアスタッフのビブス
大迫明伸審判長はひとつ先輩(つまり同世代♪)
男子団体戦表彰式
運営スタッフ全員で記念撮影