前回は男系継承を行っている日本・サウジアラビア・ヨルダンの3か国の基本情報をまとめたが、今回はそれぞれの詳細な比較を行ってみたいと思う。

皇位継承権保有人数
皇位継承権を持つ人数は
日本は3人、サウジアラビアは5千人~1万人、ヨルダンは37人となる。
単純にみれば日本は少なすぎ、サウジアラビアは多すぎで、ヨルダンがまともに見える。

政治権力

サウジアラビアは専制君主国家であり国王が絶対的な権力を握っており、王族が政府の主要な地位を占めている。

日本とヨルダンは同じ立憲君主国であっても、ヨルダン王は憲法と内閣のもと行政権を執行できる。また、国王は皇太子に任命できる。実際に王弟から国王の実子への皇太子変更が行われている。天皇は権力を持たず、皇位継承は国会に委ねられているといえる。


歴史

日本は天照大神を皇祖神とし、初代天皇を神武天皇としている。ただし、神話上の話であり当時は天皇の称号も無かった。

サウジアラビアはサウード家が王家であるが、サウード家は1722年に勃興した。現在は第3次サウード王国となりサウードがそのまま国名サウジアラビアになっている。

ヨルダンはハーシム家を王家としている。ハーシム家はイスラム開祖のムハンマドの末裔を称している。ただし、王位継承権は初代国王に連なる男系の男子あるいは初代国王の父から男系男子の子孫を国王とする。


 とりあえずの比較を行ってみたがどうだろうか。サウジアラビア・ヨルダンはいわゆるイスラム世界で聖典コーランに従ってい生活している。そこでは現代的西洋的価値観からみると男尊女卑が強固な社会になっている。女性は生まれても家系図に含まれない場合もある。



 日本は神話からつまり歴史上の実在が確かめられていない人物から天皇の系譜が続くが、サウジアラビアは18世紀の人物が祖であり、ヨルダンは天照大神、神武天皇よりは実在が確認できるイスラム開祖ムハンマドを祖とするが、王家の起点はあくまで初代国王である。

 比較から思ったが、日本とサウジアラビア・ヨルダンは大分、皇族、王族のとらえ方が違うように思える。簡単にいえばサウジアラビア・ヨルダンには王族という身分から離れるという考えがないのではないだろうか。少なくともサウジアラビアにはない。王族つまり初代国王に連なる男系男子は生まれてから死ぬまで王族であり続け、王位継承権は現国王からどれだけ遠かろうと持ってはいる。また、そうでなければ男系男子は続かない。それにしても把握しきれないほど王族が多いサウジアラビアは異常に思えるが。日本は皇室典範にのっとり皇族から離れることができる。おおくは民間の男性と結婚する内親王、女王が想定されているが、親王でも皇室会議の議により皇族の身分を離れることになる。



 一生、王族のサウジアラビア・ヨルダンと場合によれば皇族を離れられる日本。この違いは何だろうか?やはりサウジアラビア・ヨルダンは実在の人物からの系譜であることと皇室に比べれば歴史が短いことから王族の把握が容易なことが考えられる。サウジアラビアはできていないが。また、天皇、皇族は政治権力を持たない存在であるため、ある意味、政府高官等の仕事ができず公務のみではあまり多くても数を持て余すことが想像できる。日本の天皇はその祖が実在が確認できておらず古い存在であるため、逆に現在の天皇からの近さが重視されるのではないだろうか。



 個人的には男系男子の王位継承のシステムとしては、サウジアラビアは一夫多妻制であり、多すぎるほどいる王族により王位継承はなされるだろうし、ヨルダンは一夫多妻制であるかは不明だが、今後も王族が増えることが予想され安定して王位継承が行われるだろう。日本は皇位継承者がたった3人であり、次世代に限ると1人システムとしては崩壊していると言える。今後どういう風に変えるとしてもまずこのことを認識しないとダメだろう。







おまけ

 イスラム開祖ムハンマドの子孫は現在においてもイスラム世界で尊敬を集めている。王家としてはヨルダン王家とモロッコ王家がそれであり、イランのホメイニ師、イラン大統領も子孫だと言われている。さて、日本では男系男子の伝統を守ると称して旧宮家に皇族復帰(実態は旧宮家系男子の皇籍取得)を唱える者がいるが、これをイスラム世界に当てはめるとモロッコ王家にものはヨルダン王家になるということに近いように個人的には思ってしまう。(彼らがそうムハンマドにつながっているかは調べられておりません。また、それらの国がどのような関係であるか知らずに書いてます。)