前回に引き続きまして、日本一周第一弾で印象に残った場所を紹介します。

 

 

今回紹介するのはこちら!

 

こちらは奈良県明日香村にある石舞台古墳です。

 

 

奈良県明日香村は今から1,300年以上前の、いわゆる古墳時代・飛鳥時代において日本の中心として機能していた地域となります。そのため、田園風景が広がっていながら非常に多彩な遺跡が残っています。

 

 

この石舞台古墳は、諸説ありますが、蘇我馬子の墓という説が有力です。

蘇我馬子は、6世紀後半に政敵であった物部守屋を滅ぼし、592年には崇峻天皇を暗殺に追い込んで勢力を拡大。崇峻天皇の後を継いだ推古天皇の即位に伴って大臣(おおおみ)に就任し、摂政の厩戸皇子(聖徳太子)とともに政権を掌握したことでも知られております。また、日本発の本格的寺院の一つである飛鳥寺を建立した人としても有名です。

ただ、古代史でも屈指の有名人の墳墓が、このようなコンパクトな感じにまとまっているのもまた不思議なものです。

 

 

 

画像が見えにくくて申し訳ありません。こちらも明日香村を代表する古墳であるキトラ古墳です。なんかあまり古墳という感じがしないのは気のせいでしょうか…(笑)。奥の、円形に盛り上がっているのがそれです。

 

 

キトラ古墳は7世紀後半から8世紀初期にかけての「白鳳時代」と言われる時代に造られたと言われており、一般的に言われる古墳時代よりは、だいぶ後のものと推定されています。高松塚古墳と並び、日本を代表する「装飾古墳」であり、四神(東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武)の壁画や世界最古の科学的天文図と言われる天文図も天井に遺されています。

 

 

 

キトラ古墳近くの展望台から見た景色です。また画質が悪くてすみません…。

また、写真からではあまりわからないかもしれませんが、実は手前(キトラ古墳)側に向かって緩やかな登り勾配がかかっていて(そのうえ勾配は古墳に近づくにしたがって急になる)、その長さも2km程度あるので、伝燈寺電車でないと、まあキツいです。この日くらい、電動自転車をレンタルしなかったことを後悔したことはないといっても過言ではないくらいに…。

 

 

 

さて、まったく違う話になりますが、私はこの写真を見ながら京都府と奈良県の決定的な違いを考えてみました。

京都府と奈良県は、どちらも神社や寺院などが多い点は共通していますが、大きな違いは主に2つあると考えました。

 

1つ目はそれらの分布です。京都府は有名な寺社仏閣のほとんどが、京都府の中心地域や宇治市などの都心部に集中していますが、奈良県は奈良市からはずれた田園風景の中にも数多くの寺社仏閣が分布しています。考えてみれば、京都府の田園風景の中にある神社・寺院ってほぼ思いつかないですよね?

 

2つ目は古墳の有無です。京都府が日本の中心として重要な地位を占めるようになったのは、奈良時代末期の784年に、桓武天皇が長岡京に遷都したあたりからであるため、それ以前の時代(弥生・古墳・飛鳥・奈良中期まで)に関連する遺跡などは、実は京都府にはあまり多くありません。京都府に有名な古墳がほとんどないのも、それが理由です。

それに対して奈良県には数多くの古墳が分布しています。というのも、京都が都市として本格的に整備されるはるか前の古墳時代(時期的に言うと3~4世紀)から、奈良県はヤマト政権の中心として繁栄していました。大和政権の有力者が奈良県に多かったことを考えれば、古墳の多さともつじつまが合いますね。

 

 

※あくまでわたしの考えですので、迂闊に鵜吞みにせず、話のネタの一つとして読んでもらえれば幸いです…。

 

 

こういった場所に実際に赴いて、歴史のロマンを肌で感じるのもまた楽しいものですね。歴史に関する投稿もこれから定期的にできればと思います。

 

 

では今日はこのへんで。

 

 

Au revoir...