今日は「選択」の話
幸せっていうのは目的ではなく、その場その場の選択であろうと思います。
幸せに生きるには簡単です。辛く生きるのも簡単です。
願いで叶えてしまえばいい。
願いの叶え方、知ってますか?
今本気でしたいことをイメージし、素粒子を掻き集め、言霊に乗せ、(+本気で直径1kmくらいの結界を天に本気で釘で貼り付けて、決意という名の祝詞を捧げ)ると、大抵の事はどんな気持ちでも上手くいきます。
体力を消費してぶっ倒れそうになるし、誰かに見られると気が散るので一人の時にしましょう。
こういう事してると、神がいる神社に行くと、「来なくていい人が来てる」みたいな扱いを受けてしまったりしますけれど。
さて、こういう儀式めいた願いの掛け方を一旦覚えてしまうと、欲深くて醜悪の様に思えてきますので止めてもいし、そこは自己肯定し切っちゃうのもいいかもしれません。
他人から見てどうだと言うのは敢えて考えません。それは自分の投影であり、自分の尺度ですから。
自分の尺度、またの名の思い込みの変更方法は、槍を使う方法を以前書いたので説明しませんが、最近これを応用し、これからの未来への想いを映像記憶にして、束ねて槍の先につけて、自分の心に本気たる狂気で突き刺すのもなかなか願いのイメージの仕方として、いいと思いました。
槍は何本も。
なんか狂気の引寄せの法則みたいな感じですが。
そういえば、私の周りには龍もうろうろしてるんですが、出会った頃に願いを叶えてもらいましたが、意思疎通が難しすぎて、あまり頼んでないというか、喋ってすらないですね‥まあ霊は信じ切ってる私ですが、このたまにうろうろしてる龍は信じる信じないの境にいるので、ちょっと難しいです。
さて、願いの掛け方を書きましたが、普通の人なんてこんな「願い事」ばかりして生きてないと思います。
でもでも、何気なく生きていても、人の生は願いと其の結果の連続と思います。
幸せな気持ちになるには、度々説明していますが、感情制御という技術を使ったり、持ってない事を事前認識させた上で、今自分は持っている、と事後認識させたりしても簡単に引き出せると思います。
辛く生きるのも簡単です。この先に辛い目があるんだろう、でも私は生きてるのである、とか何とかしちゃうのです。
手っ取り早いのは、ニュースを見る事ですね。
暗いニュースや、紋切り型の不安を煽る報道は、この先に辛い出来事ばかり待ってる‥(生きてるの前提)と魂に火を灯し、その通りの未来が奏でられるでしょう。
まあ、これが「選択」なのです。
今はその選択の結果の続きとするならば、どこかで時を区切り、自分の見たいものだけで生きるって選択するのもいいでしょう。
その時に1秒後に自分が生きてるかわからないというのを強烈に理解する死生観と、永遠の1秒の繰り返しの世界にいるならば、終わりと始まりが無意味と化し、言葉の終わりを強烈な幸せの気持ちで迎える事でしょう。
言葉が無意味になり、感情こそが正義となるのです。
幸せの感情が螺旋に連なっていき、大半の時間を意識は半分寝て過ごす事になります。
目を開けて身体だけ寝るなんて事も出来る様になります。
常に休憩しながら仕事が出来るので、仕事中にカフェインを取ってる生活の場合、段々と要らなく感じて来ます。
一方で敏感になるのは気の流れです。
人間の気やら電気やらは、オーラを見る方法で見ることができます。障害物があるならば、手をかざしたりでもいいです。壁の中をどのように電線が這わされてるか、分かることでしょう。
電気工事でもしない限り、分かったところで一体なにか便利なのか‥といった所ですが。
飲み物、例えば甘いオレンジジュースか否か、辛口のワインなのか、そんな事もわかるようになります。こういのは直感で分かる方も多いとは思いますが、それは気の流れで分かってるわけです。
不思議な気もしますが、原子レベルでは繋がってると考えると、分かるのも不思議ではないという話かと思います。
あの時の私の、霊と共存するという「選択」の結果は、色々な気づきを生み出してることは確かです。
予感はありますか?
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