自分の身に起こる
様々な事象、現象、心象

それらほぼ全ては
自らの発信で発現される

しかし自分はその事に
まず気づいてはいない

そしてそれらの発象に対し
自分が引き起こしてしまったと
気づいてしまったとき

また、
自分のとって来た
様々な対応が
誤りであると
気づいてしまったとき

それは恐怖にも似た
今の自分の感情表現では
言い表すことの出来ない
感覚に陥る

そしてそこに陥り
それに悩み
それを悔やみ、否定し、嫌悪し
拒絶、自棄、、、

それら幾つもの
ネガティブな感情を抱き
咀嚼、消化、処理、
解決、脱出、開放、、、

そうしていることで
ふと気が付けば
いつかそこから抜け出せると
そう思っていた。

しかしそれらの始まりは

そこに陥るさらに
過去を思い起こせば

始まりは自分

むしろ自分が選択し始まった

いや始めたと言い切れる


答えが見つかる事、
また、答えを見つけること、
「解決」だけでしか
自分を救う方法が
なっかたわけでは
なかったのかもしれない、と。


それらを終わらせられるのは


自分






多重の並行世界を行き来する

そこに在る事すら
気づかない世界を

高頻度に体感する事で
それは
もう一人の自分の中に
鮮明に具現化される

そしてそこに消費される
エネルギー量は尋常でない

今自分が
どこにいるのかを
コントロール出来るのは
自分ただ一人のみであるが

低次元パラレルは受動で訪れ
高尚な世界は
確固たる主体無しには

たどり着くことは出来ない



多くの行動力のない人間は
自分の事を
『めんどくさがり屋』

と言う聞き慣れた言葉で
自分を正当化し、納得させる

『行動力の全くない人間』
と言う真実から目を背ける為に


何も始める事の出来ない
行動力の無さを


自分に気づかせないように
他に気づかれないように
無意識に自らに言い聞かせる。


もう一人の自分は
それを望んではいないと

その声が
聞こえているのにも関わらず
惨めに自分を慰め続ける




『鏡』とは心象


『鏡』は形を変え
常に目の前にあるモノ


映るのは良悪すべての自分


『鏡』に自分が映し出される様に


自分が全てに映し出されている


現象は全て自分が創り上げた自分そのものであり


常に自分はそれら全てに映し出され
それを覗いている



『鏡』に映し出されているその状況を
常に意識し続ける


自らの心象に因って
現象は変化するが


自らの現象に因って
心象を創ってはならない


その為に『鏡』は
いつも目の前にある



他に頼り
知恵と知識を得、


自分の足で立ち
行動を興し


そしてまた
その経験を分かち合う



自分の持つモノが
どのようなモノであるのか


それを後に遺す事は
与えられた使命


ただ生を受け
使命を果たすこと無く
無責任に死を迎える


何も遺す事なく




個を成長させるのは
時間ではなく
継続される学びと経験


時間は
成長を伴うかのように見せ
知らず知らず密かに
退化と老化を促進している


時間に限りがあることを忘れ
人はそれに甘え
成長を無意識に怠り

ただいたずらに
日常を過ごす


どれだけ時間を
大事に思い、大切に使い
初めて
人は人として生かされる

時間はただ過ぎるのではなく

使う事に因って
消化するものでなければならない


時間を浪費するのであれは、
無惨に年老い
生を後悔する




こちらからの問いかけに
答えてくれるまで
対話を試みる。


彼は真意を全て知るモノ

フロンティア・クリエイターとして
無からその全てを創造する


『対話』とは『思考』
『答え』とは『インスピレーション』


そして『対話』はスキルであり、
ルーチンが『答え』をカスタマイズする

常に洗練し続けるものであり
そこに有ることに気付いているのに
気付かない振りをしているのは
人間のする事じゃない。