ボンジョールノ音譜

 

 

 

やったー!! ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

長らくまともに降っていなかった雨が、

昨日ようやく降りました。

 

 

 

 

ウンブリア州の全地域に降る雨ではなく

移動する雨。

自宅から16キロ離れているウンブリア州の州都ペルージャで働く夫から

「雨が降り出した!」と実況でご丁寧に電話がありました。

「そっちは雨降ってるかーー?!こっちは今凄いぞ」って笑い泣き笑い泣き

 

今朝は昨日の名残で涼しくなってよかったチュー

 

 

余談ですが、私は用事がなければ夫の仕事中に電話をすることはありません。

でも周りのイタリア人を見ていると、雨が降った!や、

今、何してるの? とか、どこどこでアレ見つけた!って

今話さなくても良い、どうでも良いことを

隙間時間があればマンマ(お母さん)やパートナーに

電話してるイタリア人の多いこと。

 

 

 

 

今日は「差別」について。

上の写真があんまり素敵だったので、ちょっと書きたくなりました。

 

ゲイ・プライド・ウォークの始まりは、70年代にニューヨークのゲイバーに警察が踏み込んだ事件から

だそうです。

はじめは小さかったゲイ・プライド・ウォークも今や250万人が集まるパレードと

なっています。

 

上の写真のママと息子。

ママのT -シャツには、「私の息子はBI...私は何故と尋ねない」

 

あ〜、これ分かるわ〜

私も目の前にいる人がゲイであろうが何であろうが

別に興味ない。

友人になりたいのは、ヘテロセクシャル(異性愛者)ホモセクシャルではなく

その人の人格が好きだから。

それだけです。

 

友達にならなくても、ゲイであろうが人種の違いであろうが、

それが何か?

 

 

 

 

差別は色々あります

 

ゲイ

有色人種

女性問題

学生差別

 

でも上の写真のように

ALL POWER TO THE PEOPLE

 

 

これに勝る言葉はないんじゃないでしょうか。

 
 
 
 
 
 
 
ひゃーーー、カッコいい飛び出すハート
は、置いといて、笑い泣き
 
キアヌ・リーブスはハリウッドのスターの中でも
人格者として知られていますが、彼が売れだしてしばらくした頃、
彼が男性映画監督と結婚しているという報道がありました。
 
それらの報道に対しては、否定も肯定もせずノーコメントを通し、
本人は「ここで僕が『疑惑』を否定したら、ゲイやバイセクシュアルが悪いことのようじゃないか」
と語っています。
 
 
 
 
 
5歳から日本在住、ロシア人コラムニスト、タレントであり最近はウクライナ侵攻でも
コメンテーターとして活躍している小原ブラスさん。
彼のyoutubeで、「差別と区別」の違いに関して解釈してるのを聞いて、
「なるほどな!」っと。
ほとんどの人が差別に関して、大まかには理解しているけど、
「差別と区別」の実際的なビミョーな違い、そして特にその先にある意味、
は、確かにわかっていない気がする。
それを彼が例をあげながら端的にに言語化できてるのに、関心。
 
男と女でトイレを分ける、
オレンジとレモンで陳列を分ける、 これが区別、
でも違いがあるから区別をしているだけであって平等に扱っている。
 
区別は、解消する必要のない問題
 
男にはトイレがあり、女は木の下でトイレをしてください、
と不平等に扱っているのが差別である。
 
差別は、特定の集団や個人を区別した後、特別な扱いをする
 
そして彼は言います。
「差別を差別だと認めることも大切である。
それは区別です、と言ってしまうと、先に解決がない。
でも差別と認めることで、この将来解決しなければならない問題であるという
定義になる」
 
 

小原ブラスさんのyoutube

 

 
 
 
 
 
イタリアにだって差別はありますよ。
私は海外で生活しているので、その対象になりやすい、というのはあるかも知れませんが、
私自身は差別をされた!と感じたのは「ない」といえば嘘になりますが、
あんまり無いかな〜
 
基本ベース、「差別だ差別だ」って、身構えるのも嫌だし、
「私は差別される対象かも知れない」と思って生活するのも嫌ですし。
ドン、と構えてたら良いんじゃないのって、思ってますが、
実際に弱い環境や立場にいる人たちに、ドンとしとけ!って言っても
それは傲慢かも知れませんね。
だからと言って、どんな状況であれ卑屈になるのは、一番よくないと思っています。
 
時々いるんです、凄まじい環境の中にいてても
希望を忘れていない目をしている人や尊厳がある人。
 
でも、そうですね、ある国では、
子供の時から機関銃を持たされ親を殺すように言われて育った子供たちがいます。
確かにこういう環境で育つと、「頑張れ」「希望を持て」なんて無意味な言葉なように思えます。
 
 
 
話は逸れましたが、
夫は「昔、君はよくボラれてた!」と言います。
日本人だからって、金額上げるってそれは差別ですね。
最近はボラれることはなくなりましたが。。あせる
 
 
 
まあ、この世の中生きていくには「差別」というのは
大きなテーマですね。
それを意識出来る人、出来ない人も、人類の「2種類」かも。
そう思うのは、私だけ?
 
 
 
それでは、皆様にとって良い1日でありますように愛