生まれる時に持たせてもらった運を使う | 神戸・asshran【アシュラン】の毎日がスピリチュアル天然石

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生まれる時に持たせてもらった運。

大きさや量的なイメージで捉えるとわかりやすいかと思いますが、
運の量・大きさは人それぞれ生まれながらにして決まっているそうです。

人はその持たせてもらった運を使いながら人生を歩んで行きます。

しかし、運を100%使って人生を終える方は少なく、
だいたいは70%、とってもがんばった人で90%ほどしか使えていないと言われています。

そのような中で、例えば身分相応を越えたとんでもない幸運が巡ってきた時。

九死に一生を得るような奇跡的な出来事に遭遇した時。

このようなことが人生の中で起きてしまうと、運の量が一気に減ってしまうと言われています。

平凡に暮らしていた人がある日宝くじで何億と当てた途端、
大金を得たそれ以降は不運続きの人生となってしまった。

このような話を聞いたことがあるかと思います。

宝くじに当たることとは、生まれる前から決められている「宿命」、
生まれた後で自身の力で選び変えて行ける「運命」、
この両方のラインには入ってはいなくて、ただただ「ラッキー」という枠組みに入ります。

本来なら一生かけて使えた運が、このラッキーによって運の量を一気に減らされてしまうといいます。

父のほんの顔見知り程度であった男性Aさんもそのひとりでした。

いつも冴えない顔をしてお酒を飲んでは愚痴ばかりをこぼしていました。

そんなAさんがある日2億円の宝くじを当てたのです。

Aさんは高級外車を乗り回すようになり、女性の取り巻きをいつも2~3人連れて豪遊三昧です。

しかし2年も経たずして仕事はなくなり、借金のかたに家を取られ、家族とは離ればなれになってしまい、最後は本人までもが行方不明になってしまいました。

このように持って生まれたものより大きなものを一度に引き寄せてしまうと、後が続かなくなることがあります。

平凡ながらも身分相応に一生をかけてコツコツと運を使っていけることは、ある意味幸せなことなのかも知れません。

それでは運を100%まで押し上げるにはどうすれば良いのか。

それは「神仏の力を借りること」と言われています。

神仏に引き上げてもらえるところまで自力でコツコツ努力を続けると言ったことです。

神仏の世界と私たちの世界の考え方や目線とは、イコールではないことのほうが多くあります。

自分ではがんばっていると思っていても、神仏からのひと押しがないのはタイミングの問題か、何かが足りていないのか、または根本が違っているのか。

仕事でも何でも知恵を生みだし行動してあらゆることにがんばってみる。

でも、もうこれ以上の知恵は出ないし万策尽きてしまった。

そこまで行き着くようになると、神仏からのひと押しが起こると言われています。

神仏からの追い風やひと押しが起こると、ゼンマイがカチッと他のゼンマイと合わさり次から次へと回り出す感じと似ていて、今までうまく行かなかったことまでも全般的に回りだすようになります。

そうなると心には余裕なるものが生まれ、優しく穏やかになって行きます。

穏やかになると今まで見えてなかったものが見えるようになり、
神仏が良しとする考え方や目線が多少なりともわかるようになってきます。

ようは神仏に可愛がられる考え方になって行動するのが、持たせてもらった運を100%使えるようになるようです。

持たせてもらった運を100%使える自分になるために、
新たなチャレンジやスタート、勇気の一歩をどんどん踏み出してみるのが良いのではないかな、と思っています。



okada♪

※ちなみに神仏の目線で物事を考えられるようになった方は、
宝くじが当たっても不幸にみまわれることはそうはないように思います(^-^)