FIREを目指すうえで大切なのは、投資の利回りを上げることだけではありません。

もちろん、資産運用は大事です。

しかし、それだけで本当に安心できるかというと、少し不安が残ります。

なぜなら、FIRE後の人生は思っている以上に長いからです。

 

拙著『50歳からはじめる頑張らない起業』では、「体験したことをブログに書く」という方法を紹介しています。

これは、単に日記を書きましょうという話ではありません。

自分が実際に見たこと、行った場所、食べたもの、使ったもの、感じたことを、きちんと文章にして残していくということです。
 

 

 


今の時代、ただの情報はすぐに調べられます。

AIに聞けば、ある程度の説明も出てくるでしょう。

しかし、実際にその場に行った人の感想や、自分のお金と時間を使って体験した人の言葉には、AIでは代われない価値があります。

たとえば、同じ観光地でも、写真で見るのと実際に行くのでは感じ方が違います。

同じお店でも、メニュー表を見るのと実際に食べるのでは伝えられることが違います。

そして、そういった一次情報には、その人だけの視点や言葉が生まれ、それがかちになるのです。

 

私自身も、実際にこのノウハウを実践してきました。

観光列車に乗った体験をブログに書き続けてきた結果、今では観光列車評論家として、年に一、二回ほどテレビに出演させていただくようになりました。

そして先日も、テレビ朝日の番組に出演させていただきました。

出演したテレビ番組は、5月3日までTVerで視聴できます。

観光列車の話として楽しんでいただくのはもちろんですが、「体験を発信し続けると、こういう形で仕事につながることもあるのだ」という視点でも見ていただけるとうれしいです。

 

 

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もちろん、最初からテレビに出ようと思ってブログを書いていたわけではありません。

好きで乗った観光列車のことを、自分なりの視点で書いてきただけです。

しかし、それが積み重なると、「この人は観光列車に詳しい人だ」と見つけてもらえるようになります。

 

これはFIREを目指す人にとって、とても大事な考え方だと思います。

FIREというと、どうしても「いくら貯めるか」「何%で運用するか」「年間生活費をいくらに抑えるか」という話になりがちです。

もちろん、それらは大切ですが、社会との関わりを持ちながら、会自分の名前で見つけてもらえる状態を作っておくことは、将来の安心材料になると思いませんか?

 

旅行が好きな人なら旅行記を書けばいいです。

節約が得意な人なら、自分が実際に試した節約方法を書けばいいでしょう。

投資を勉強している人なら、成功談だけではなく、失敗したことや迷ったことも含めて書けばいいです。

料理、読書、健康、趣味、家計管理、地方移住、親の介護、資格の勉強など、自分が体験していることは、誰かにとって知りたい情報になる可能性があります。

大事なのは、すごい実績ができてから書くのではなく、今の段階から書き始めることです。

経験は、時間が経つと細かい感情や気づきを忘れてしまいます。

一記事だけでは大きな力にならなくても、十記事、百記事と積み重なることで資産となりますし、自分だけの専門性や世界観が見えてきます。

最初は収益にならないかもしれません。

アクセスも少ないかもしれません。

それでも、自分の経験を言葉にする習慣は、将来の自分を助けてくれるはずです。

 

 

FIREは、ただ早く仕事を辞めることがゴールではありません。

自分の時間を自分で使えるようになり、自分らしく生きるための選択肢を増やすことが本質だと思います。

そのためにも、お金の準備と同時に、自分の経験を資産に変える準備を進めていきましょう。

今日体験したことを、今日のうちに少しでも言葉にして残す。

その小さな一歩が、数年後の自由を支える大きな土台になるかもしれません。
 

会社を辞めて自由になりたいと考えると、つい「いくら貯めるか」「いくら増やすか」という数字の話に意識が向きやすくなります。

もちろん、それはとても大切です。

ですが、本当に大事なのは、会社を辞めたあとに、自分が何で生きていくのかまで考えておくことだと思います。

 

 

大企業にいると、本人の実力やノウハウだけで仕事が動いているわけではありません。

会社の信用、看板、これまでの取引、人と人との付き合い、今後の関係を見越した発注など、いろいろなものが重なって仕事が生まれています。

ですから、自分では「自分の力が評価されている」と思っていても、実際には「その会社の人だから頼まれていた」という部分がかなりあることも珍しくありません。

 

ところが、独立すると、その土台は一気になくなります。

そこで初めて、自分の持っている知識や経験そのものに、お金を払いたい人が本当にいるのかが、はっきりするはずです。

これは厳しい現実ですが、ここを見ないまま独立すると、大惨事になりかねません。

だからこそ、会社員であるうちから、会社の看板がなくても成立する価値を少しずつ育てていくことが大切です。

個人名で信用される専門性があるか…、誰のどんな悩みを解決できるのかを言葉にできるか…、社内では通じる知識を社外でも求められる形に直せるか…、発信・提案・販売を自分一人でもできるか…、こうした力は、会社を辞めたあとに急に身につくものではありません。

 

しかも、これは独立準備であると同時に、リスクヘッジでもあります。

会社の状況が変わったとき、役職定年になったとき、再雇用で条件が変わったとき、体力や気力が落ちたとき、そのときに個人として差し出せる価値がある人は強いです。

逆に、お金だけあっても、社会との接点や自分の役割が急になくなると、不安定になることがあります。

ですから、資産形成と並行して、セカンドキャリアの設計も考えておくべきです。

どんな暮らしをしたいのか…、まったく働かないのか…、少しは働きたいのか…、誰と関わり、どんな価値を届けたいのか…、そうしたことまで考えておくと、会社を辞めたあとも、自分らしく安定して生きやすくなります。

 

本当のゴールは、ただ会社を辞めることではありません。

会社を辞めたあとも、自分らしく安心して生きられる状態を作ることです。

そのためには、お金だけでなく、個人としての価値も高めておきましょう。

そして、その準備は、会社員である今のうちから始めておいたほうが、ずっとずっと現実的ですよ。
 

最近のAIの進化は、本当にすごいものがあります。

文章も書ける、画像も作れる、コードも直せる、企画のたたき台も出せる。

こうした変化を見ていると、世の中が大きく変わり始めていることを実感します。

これから先は、その変化のスピードが加速度的に速くなっていくことでしょう。

だからこそ、新しいものを学ぶこと自体は、とても大切です。

 

 

ただ、その一方で、少し気になることもあります。

それは、「何ができるか」という話ばかりが目立ち、「それは本当に意義があるのか」という視点が後回しになっていることです。

AIでこんなことができた、あんなことができた、という話はたしかに面白いですし、見ていてワクワクします。

しかし、できることが増えたことと、人生や仕事やお金の面で本当にプラスになることは、同じではありません。

 

たとえば、「売れるLPを作って」とAIに頼めば、見た目にはかなり立派なものが返ってきます。

文章も整っていて、流れもそれらしく、読んだだけなら悪くないと思えるでしょう。

けれど、そのLPで本当に売れるかどうかは別問題です。

 

ここで大切なのは、AIが作るものの多くは「それっぽい形」であって、「本当に機能する中身」とは限らないということです。

形が整っていると、人はつい安心してしまいます。

文章がうまく見えると、正しい気がしてしまいます。

けれど、本当に見るべきなのは、見た目の完成度ではなく、何のために作るのか、誰に届かせるのか、それは本当に役立つのかです。

そこを考えないままAIに頼り続けると、便利になったつもりで、じつは大事な判断を手放してしまいます。

 

もちろん、うまく使えば大きな助けになります。

下書きを出してもらう、整理してもらう、アイデアを広げてもらう。

そうした使い方には大きな価値があります。

ですが、そこで止まってしまうと危ういです。

 

その危うさは、文章や作品にもよく表れています。

たとえば、AIで作られたマンガは、絵としては整っていても、最後まで読みたくならないものが多いです。

理由ははっきりしていて、作品にとって大切な最後のひと手間が抜けているからです。

漫画家が仕上げの段階で入れる細かな調整や、いわゆる「目入れ」のようなものがないと、絵はあっても魂が宿りません。

見た目はできていても、生きていないのです。

 

文章も同じです。

AIが書いた文章は、情報としてはまとまっていても、なぜか目が滑ることがあります。

意味は分かるのに、心に残らない、読めなくはないのに、最後まで引き込まれない…。

その一方で、AIに下書きを作らせてから人がリライトした文章は、急に血が通い始めます。

 

少しの言い回し、少しの間、少しの重みづけの違いで、文章はまったく別のものになります。

こうした違いは数字で測りにくく、感覚的に見えるかもしれません。

ですが、実際にはとても重要です。

むしろ、最後に人の心を動かすのは、こうした言葉にしにくい部分なのだと思います。

 

今の時代は、効率やスピードが強く求められます。

その中で、目に見えない大事な部分は、気づかないうちに削られやすくなります。

空気感、余白、温度、違和感、重み、覚悟、責任、そうしたものは、すぐに成果として見えにくいからです。

けれど、人が本当に価値を感じるのは、そういう部分なのではないでしょうか?

だからこそ、表面の便利さばかりを見ていると、本当に大切なものを失ってしまいます。

自分で問いを立てること、前提を疑うこと、本当にこれでよいのかを見直すこと、使っているつもりが逆に振り回される側になってしまわないように気をつけてください。

 

これから社会が大きく変わる中で、必要になるのは、何でも自分でやる力ではなく、どこをAIに任せ、どこを自分で考え抜くべきかを見極める力だと思います。

使うこと自体が価値なのではなく、何のために使うのかが価値なのです。

流行に振り回されず、本質を見失わず、自分の頭で考え続けること。

その姿勢こそが、変化の激しい時代をしなやかに生き抜く土台になるのではないでしょうか。

 

そうはいっても、AIはすばらしい道具です。

これからも、ますます多くのことができるようになるでしょう。

だからこそ、私たちは「できる」という驚きだけで終わってはいけないのです。

その先にある本質を見なければなりません。

便利さに目を奪われず、形に惑わされず、目に見えにくい本質を見つめる姿勢を持てる人だけが、大きく変わる社会の中でも、流されずに前へ進んでいけるのではないでしょうか。