オルカンといえば、今や人気の投資信託です。

日本を含む世界中の株式にまとめて投資できるので、「何を買えばいいのか迷うなら、とりあえずオルカン」という人も少なくありません。

 

そのオルカンに、今度は「オルカン高配当」が登場します。

 

この件について、「山田さんは買いますか?」と、結構、お問い合わせをいただきます。

でも、今のところ、たぶん私は買いません。
 

その理由を説明しますね。

 


「オルカン」という名前が付いているので、通常のオルカンに配当を多くしたような商品に見えます。
しかし、中身を見ると、かなり違います。
通常のオルカンは、世界中の企業へ広く投資します。
一方、オルカン高配当は、その中から配当を多く出している企業など、一定の条件を満たした会社を選んで投資します。
つまり、世界中に投資することは同じでも、買う会社を「高配当株」に絞っているわけです。

配当利回りを見ると、通常のオルカンよりかなり高くなります。

これだけ聞くと、とてもおいしそうに感じます。

ただし、配当が多いことと、投資でたくさん儲かることは同じではありません。

高配当だからといって、株価まで大きく上がるとは限りません。

逆に、配当をあまり出さず、そのお金を事業の成長に使っている会社の株価が大きく伸びることもあります。

そのため、「配当が多いから、普通のオルカンより優れている」と考えるのは少し違います。

また、高配当株だけを選ぶことで、通常のオルカンより投資する会社の種類は偏ります。

もちろん、世界中の数百社に投資するので、まったく分散されていないわけではありません。

ただし、世界の株式市場全体を幅広く持つ通常のオルカンとは、分散の仕方が違うということです。

 

もう一つ知っておきたいのが、オルカン高配当には「配当払出型」と「資産成長型」の2種類があることです。

配当払出型は、ファンドが受け取った配当などをもとに、分配金を受け取ることを重視したタイプです。

一方の資産成長型は、分配金を受け取ることより、ファンドの中で運用を続けて資産を成長させることを重視します。

ですから、「高配当ファンドを買えば、必ず定期的にお金が入ってくる」と考えるのも違います。

どちらを選ぶかで、持つ意味が変わってきます。

 

では、このオルカン高配当は、どんな人なら検討してもいいのでしょうか。

私なら、まず、すでに通常のオルカンやS&P500などを持っていて、それを資産形成の中心にしている人だと思います。

そのうえで、自分で投資信託を売ってお金を使うことに抵抗があり、分配金として受け取りたい人。

あるいは、通常のオルカンやS&P500では、AppleやMicrosoft、NVIDIAなどの大きなハイテク企業の割合が高いことを気にしていて、違うタイプの企業も増やしたい人です。

さらに、すでに日本株や米国株の高配当株をたくさん持っている人は、わざわざオルカン高配当を追加すると、似た性格の投資が増えてしまう可能性があります。

こう考えると、オルカン高配当は資産形成の中心に置くというより、すでに基本となる投資をしたうえで、必要に応じて追加する商品という印象です。

メインは通常のオルカンやS&P500。

そこに、「分配金が欲しい」「投資先の性格を少し変えたい」という理由があるなら、サブとして加える。

 

私なら、そのくらいの位置づけで考えます。

 

もちろん、数年後も同じことを言っているかは分かりません。

投資信託は、始まったばかりの時点では実際の運用実績がありません。

そのため、「理屈として良さそう」という判断と、数年間運用された結果を見てからの判断が変わることは普通にあります。

株式市場の状況も変わります。

今はハイテク株が強くても、将来は別の業種が強くなるかもしれません。

逆に、高配当株が思ったほど伸びない時期もあるでしょう。

ですから、私は、あくまでも“今のところ”は買わない予定です。
 

ただし、「今買わないから、一生買わない」という意味ではありません。

新しい商品だから飛びつく必要もありませんし、一度決めた考えをずっと変えてはいけないわけでもありません。

大切なのは、「この商品は人気があるのか」ではなく、「自分の資産全体の中で、この商品に何をしてもらいたいのか」を考えることです。

  • 配当が欲しいのか。
  • 値上がりを期待するのか。
  • 投資先を少し変えたいのか。

そこが決まっていれば、「新しいオルカンだから買う」という判断ではなく、自分に必要かどうかで判断できるようになります。

投資商品は、名前ではなく、中身と役割を見て選ぶことが大切だと思います。
 

FIREを目指していると、資産や生活に余裕があるように見えるせいか、人から頼られることがあります。

  • お金を貸してほしい
  • 代わりにやってほしい
  • 少し助けてほしい

そんなとき、私は「助け合うことは頼り合わないこと」だと思っています。

  • まず自分でできることをやる
  • それでも無理なところを周囲が補う

これが本来の共助ではないでしょうか。

 

自助が原則、共助が補完、公助が最後の安全網です。

共助は、自助の代替ではありません。

自助を尽くしてもなお残る不足を補うものです。

 

ところが、人によっては「助けを求めていい地点の価値観が違う」ことがあります。

たとえば、キャッシングすれば払えるのに、手間がかかる、利息がかかるという理由で友人から借りる。

貸す側は「そこまで困っているなら」と思って工面しようとします。

しかし、断られても「じゃあ、キャッシングするか」で済むなら、本当にどうにもならなかったわけではありません。

 

 

私は、借金の重さは金額ではなく、何のために借りたお金で、返済のために何をどこまでやって、貸してあげることで何を回避できるのか…で決まると思っています。

できることを全部やったうえで必要な10万円と、キャッシングしたくないから借りる10万円では意味が違いますから。

 

だから、自助と共助の境界線が大きく違う人とは、あまり関係を持たないように心がけています。

 

これは借金だけの話ではありません。

仕事でも、自分の役割を果たさない人を誰かが助ければ、その助けた人の仕事が増えます。

さらにその人が別の誰かを頼れば、負担は次々と広がっていくでしょう。

 

FIREを目指すということは、自分の人生を自分で支えられる状態をつくることです。

お金だけでなく、時間・労力・責任・人間関係まで含めて、自分の資源をどこに使うかを自分で決めることだと思います。

なので、人から頼られたときには、まず相手が自分で何をしたのかをしっかり見るようにしました。

  • 本当に自分では解決できないのか
  • 助けなければ、何が起きるのか
  • 助けることで、次からその人が自分でできるようになるのか

それらを踏まえた上で、自助を尽くした人に対して、自分の自助を壊さない範囲で、相手が再び自助できるようになる支援をする、と決めています。

 

断るにしてにも、相手を責める必要はありませんし、自分を責める必要もありません。

ポイントは、「あなたには貸さない・助けない」ではなく、「私はこういう基準でやっている」にしていますので。

  • 「個人間でお金の貸し借りはしないことにしています」
  • 「こういうことは基本的に引き受けないようにしています」

こう伝えれば、相手を否定せず、自分の境界線を守れます。

 

FIREって「お金を貯める技術」だけではなく、自分の資源をどこに使い、どこでは使わないかを決める技術なのではないでしょうか。

余裕があるから助けるのではありません。
自助できる人には自助してもらい、それでも足りないときだけ共助を考える。

その距離感を持つことも、FIREを目指す上で大切ななんだと思います。
 

「物を大切にしなさい」

子どもの頃、そう言われた人は多いと思います。

 

もちろん、物を粗末にせず、長く使うことは大切です。

ただ、私はそれだけでは十分ではないと思っています。

なぜなら、「所有した物を大事にする力」と、「そもそも、その物を所有する価値があるのかを判断する力」は別だからです。

 

 

実は、金銭感覚を整えるなら、この後者の方が重要だと思ってます。

私自身、これまで高級車や家、ブランド品などを通じて、この違いを実感してきました。

 

ずっと欲しかった高級車を、お金を貯め、ローンまで組んで手に入れる。

ところが、いざ所有してみると、それだけで満足してしまうことがあります。

しばらく乗るうちに、「この金額ほどの価値が、本当に自分にあるのだろうか」と考えるようになります。

 

家を買うのも同じ。

最初の一軒は、自分の理想を詰め込みたくなります。

そして、一度それを実現させてしまうと、満足してしまうでしょう。

その後、転勤などで家を売り、次の住まいを考えるときには、所有することより、手離れのよさや住む場所を自由に選べることなども判断基準に追加され、実は賃貸の方がいいんじゃないかと思うこともあります。

 

ブランドバッグもそう。

買うまでは、とても魅力的に見えます。

ところが、思い切って何個も買ってみたけど、それで満足してしまい、実際はあまり使わないことってあったりしますよね。

 

一度でもこうした経験をすると、価格ではなく、自分にとっての価値を見るようになります。

私は、子どものゲームでも似たことを試したことがあります。

 

一般的には、ゲームは一本ずつ買い与え、「クリアするまで次は買わない」とする家庭も多いでしょう。

それは物を大切にする教育としては分かりやすい方法です。

しかし、私は逆に、おもちゃ屋で「欲しいゲームを全部持っておいで」と言い、10本ほどまとめて一気に買ったことがあります。

すると、最初はいろいろ遊ぶのですが、目移りして、どれにも集中できなくなり、やがてゲーム自体への興味が薄れていきました。

それ以降は、何でも欲しがるのではなく、本当に欲しいと思うものだけを言うようになりました。

 

もちろん、この方法がすべての家庭で正しいわけではありません。

やり方を間違えれば、「欲しいと言えば、たくさん買ってもらえる」と学んでしまう可能性もあります。

大切なのは、たくさん買うことではありません。

欲しいという気持ちと、実際に持ったあとの満足は違うことを、自分で経験することです。

 

重要なのは、我慢する力ではありません。

安い物を選ぶことでも、何も買わないことでもありません。

必要な物には、きちんとお金を使う。

しかし、欲しいと思ったときに、「これは本当に、自分のお金と交換するだけの価値があるのか」と考える。

その判断ができるようになることが重要で、この判断ができるようになると、無駄な支出は自然に減っていきます。

 

もちろん、物を大切にすることは大事です。

でも、それ以上に、「その物を持つ価値が、本当にあるのか」を判断する力を持つこと。

それが、金銭感覚を整えるのに非常に重要だと思います。