こんばんは。perusonaです。


どうもお久しぶりです。

タイトル通りあっという間に年末です。

 

2月16日以来ブログ更新を全くしていませんでしたね

 

今年はいろいろとありました。 DTMについても結構模索しましたが、まだまだわからないことだらけです。 ブログ開設から、二年が経ちますがあまり成長していません。

けど、人としては結構成長できたのかなと思っています。

 

2年前の私の中での一番の大きな転機  それは父親が病気で倒れたことですが、それからというもの父親の代わりに母親と兄貴を精一杯支えてきました。

 

同時にいろいろなことに挑戦し、いままで自分で不可能と思っていたことを今はいろいろと実現しています。

 

そして、今年の十一月、転機がやってきました。 それは家を出たことです。

 

いままで沢山考えました。 そのたびこのまま母親が動けなくなるまで家にいて、家族を支えると,今までの生活水準を維持してのんびり生活できれば、それ以上は望むことはないと思っていました。

 それに関して周りからは「自分の人生をもう少し考えたほうがいい」と言われました。確かにそれは思っていました。 でも、このまま家庭をほっぽりだして、出ることなんてできないと、しかし、ついに限界がきました。 私の精神状態は極限の状態にまで達して、入院を自ら望むまでになってしまった。

 

 18の時、私はまだ病気なってまもなく、薬を自ら断薬し、最終的にわけがわからなくなり、自分をコントロールできず、気が付いたら病院の中、そこはまるで別世界でした。 六畳にトイレがむき出しの牢屋のような保護室、そのあとは病院のワンフロワーだけの生活、許可なしには外どころか院内さえもでることが許されない。、厳格に管理された空間。
友達と話をしたり、ゲームをして過ごすしかない、なんとも味気ない空間。

 

これを読んで、そこを楽園だという人もいるかもしれない、だって言い換えれば、なにもしなくていい、一日その空間でどんなことをしてようが自由、 テレビだってあるし、ご飯もでる。ルールさえ守れば、暇なときは寝てればいい、そんな空間、 そんなところに四か月居たのが私ですが、時には変なことをして、また牢屋のようなところに入れられたこともしばしば、、、、

 

根っからなんでもすぐに適応してしまうので、 苦痛と感じたことは無いですが、そこでいろいろな人出会うことによって、得られたこともありますし、しかし、いまではそんなのまっぴらごめんです。


精神科の閉鎖病棟にはパソコンはおろか簡単な電子機器でさえ持ち込むことはできません、中には時計も禁止ところもあるくらい、そして、人と知り合うといっても自由にすべてのひと交流できるわけではない、 そこに元々いるひと、あるいは新しく入ってくる人、こんな狭いコミュニティーのなかにいるのは耐えられない。

 必要最低限のものがあるビルのワンフロワー、そして外部と一切接触ができない空間 そこにいることがどれほど辛いか、 そこだけが自分の世界、、、、

 世界とは、大きなものではなくても、 ある空間があって、その中しか移動できなければ形成できるものだと思います。  たとえば、家の中にずっと引きこもっていて、家の中からでたことがない人は その空間こそがもう自分の世界なんだと思います。


ここでは引きこもりがどうこういうつもりはありません。


私は、世の中にはいろいろな人が居て、その人たちは自分のやれることを精一杯頑張っているんだと思っているから、 こんなことを言ってる私もまだまだ他者をどうこう言える立場にはないし、でも、今の自分だから言えることは沢山あると思います。


世界はとても広くて、常に動いている。 インターネットでどんなに情報を集めて、頭でっかちになったとしても、それが視野が広いとは言わない。 私がまだ18歳の時、 24時間スカイプをしていた時に、 スカイプ仲間から言われました。 もうちょっと視野を広くしたらいいと
その時に私は自信満々だった。 すべてを知っていると思っていた。

でも、 そんなことは今じゃとても恥ずかしくて言えない。
いまでも、もちろん言えない。

 

 情報が瞬時に手に入る世界、しかし、ほんとのところ事実はわからない。 自分で確かめないとわからない。
スカイプで音声で話をしたところで、その人と実際に合わないと分からない。
その人が嘘をついているのか、何を考えているのか、実際にあって、本人と話しながら、顔、話し方、行動をみれば一発だ

 

いくら写真を見て、その場所に行った気になっても、食べた気になっても、結局それは自分の脳内の想像の領域を越えはしない、 視野を広げるというのは、現実を感じるということ、自分ですべてを体験し、記憶に残すということ、そして、自分自身で納得すということ、私は人から聞いた話でも、自分で確証を得るまで、自分でそのことの本質がほんとに感じ取れるまで、鵜呑みにしません。

 

「あ、これってこういうことだったんだ」という気付が生まれるまで、その瞬間は時には鳥肌が立つほど感動するものだったりします。


情報がありふれている世の中、今は自分の感じたものを信じ、その先に向かって進んで行っています。

 
そんな感じですごく長文になってしまって、話しがそれましたね

私がいままで体験した経験の話でした。

 

そんなことで閉鎖病棟へ入院することを自ら望んだのですが、それを家族は許してくれませんでした。 それは私がいままで、すべてをやってきたから、せめて引継ぎをしてくれないといけないと、 そんな馬鹿な話があるかと思ったのですが、私は結局、閉鎖病棟へ入院を決めて病院にいったけど、家族につれられて、家に帰ってきたのです。
そして、その夜、私はついに壊れました。 声にならない声で、叫びながら、泣きました。

nowiseeの音楽を聴きながら


もう、耐えられなくて、親戚のおばさんに頼み、 漫画喫茶に行きました。
閉鎖病棟に入院すると一人暮らしをするのでは同じ、結局、一人になってストレスがなく

なににも束縛されることがなければ同じだと思ったから


そこから、友達の家に泊まりながら、いろいろと考えながら、模索しました。


札幌をでて、遠くに行こうと思いました。 すべてを放り投げて、いままでのすべてを放り投げて、しかし、その計画は失敗に終わりました。


でも、もう後戻りはできない。また友達の家に戻りながら、一人暮らしをするための準備をはじめました。 家を探したり、いろとありましたが、十年間ただ、生きてきただけではないということを肌で感じました。

 

 信頼できる仲間がいること、いままで空白の十年間だと自分で思い込んでいたがそうではなかったこと、 今まで自分でやってきた選択して選んできたものはすべてに意味があったんだと、 このブログを開設した時に掲げた、「人生の一発逆転」それはなんとなくでした。 でも、今は、どうやったら一発逆転なのか、逆転とはなんなのか、地位を手に入れて、沢山お金を稼いで、いままでの普通のレールを歩んできた人たちを越せればいいのか、それすらもいまだにわかりませんが、、、、

 

 自分で詩をかいて、作曲をして、歌って、世の中に自分のことを知ってもらいたい、そして、自分の生きた証と、自分の考えてることを世の中に発信していきたい。 音楽だけにとどまらず、自分の創造したものすべてを 世の中に放出していきたいと思います。 

 

また、話しがそれましたが、十年間作ってきた自分の人脈のおかげで、今は一人暮らしをして、日々いろいろなことを模索しています。

 

もう後戻りは決してできない、もちろん家族を放り投げたわけではないし、サポートはきちんとしている。 でも、私が家にでたことによって、家族は少しずつ変わっていっている。


今は、もう、あのとき入院を許可してくれなかったことなどどうでもいい


おこがましいかもしれないけど、変わって欲しい、そして、自分も変わりたい!!
人が変わることは決して容易いことではないことは十分承知だ
ときには死に程つらいだろう
今の私も精一杯だ、もうどうしていいか分からない時がある。
どんどん現実が見えてくる。 というかどんどん現実を受けて止めている。
でも、負けたくない、それは父親の顔を思い出すたびそう思う。

 

力尽きるまで生きる。


自分の存在意義、自分の存在理由、それを見つけるために
なりふりなど構わず、がむしゃらに
この先、どんな運命が待ち構えていても


決して後悔しないように

 

すごく長くなりましたね。

 

 ここまで読んでくれてる人がいるのかわかりませんが、今年一年はいろいろなことを考えた一年でした。

 

来年はいい年になるといいです。

 

常に探究心を忘れず、いろいろなものに触れ、創造する。

 

そんな感じの一年にしたいです。

 

そんな感じでありがとうございました。

 

良いお年をお迎えください

い人生をお迎えくださいw

 

それではまた^^