王者、マイケル、8耐の30周年メモリアルに来日
1日、ツインリンクもてぎでの全日本開幕戦にプレゼンテーターを務めた、元500ccクラス世界チャンピオンのマイケル・ドゥーハン氏が今回の来日が、今年で30周年を迎える鈴鹿8耐のメモリアルの打ち合わせの為の来日であったことを明らかにしました。一瞬、8耐に参戦するのかと思われたのですが、どうやら、そうではなさそうで、あくまで、来賓として鈴鹿8耐メモリアルに参加するということのようです。今回、ちょっと、ドゥーハンについて、触れてみましょうか。ドゥーハンは鈴鹿8耐のことを世界で最もエキサイティングなレースと評しており、彼自身、87年に鈴鹿8耐に初参戦し、88年はヤマハワークスのTech21で平のチームメイトに。89年はHRC入りし、ガードナーのチームメイトとなるも、周回遅れのパスに失敗し、ガードナーの足を引っ張る形でチームはリタイヤ。しかし、90年から徐々に頭角を現し始め、その年の8耐からドゥーハンとガードナーの地位は対等、いや、逆転していたといっていいかもしれません。91年にはガードナーとのペアで、マギー&チャンドラー組を振り切り、初優勝。しかし、偉大なレースキャリアを持ちながらも、この91年の8耐が彼の唯一の8耐優勝ということになります。とはいえ、チャンピオン街道をひた走った94年以降のシーズンでは、憎らしいくらいに、その強さを見せつけ、GPの表彰台で、豪州国歌「オーストラリアンフェア」が流れなかったことの方が少ないくらいでした。99年、ケニー・ロバーツJrがスズキへ移籍し、頭角を現し始めたものの、それでも、まだまだ、ドゥーハンの力は衰えているようには見えませんでした。そして、その実力を証明してみせたのが、今季の全日本開幕戦と同じ舞台である、99年、ツインリンクもてぎでの日本GPでした。レースは、ケニーが飛び出し、続いて、ノリック。更に、ドゥーハンが後方から追い上げる展開で、ウェットレースではありながらも、エキサイティングな様相を呈していました。ドゥーハンがノリックを抜きあぐね、ようやく、2位に浮上し、先頭をいく、ケニーを追い上げ始め、じりじりとケニーを追い詰めていきます。逃げるケニー、追い詰めるミック。しかし、残念ながら、ここでタイムアップ。ケニーがドゥーハンの猛追を振り切り、日本GP初優勝を飾りました。しかし、このときのドゥーハンは悔しさを見せるというよりも、むしろ、新たなライバルの出現に喜びすら感じているように思えたのは私だけだったのでしょうか・・・。表彰台に上がったケニーは一言、コメントを求められ、シンプルに一言。「アリガトウ、スズキ!」そして、2位のドゥーハンも同じく、「アリガトウ、ホンダ!」そして、我らがノリックこと、阿部典史選手は「ええ、皆さん、雨の中、来てくださって、本当にありがとうございました。」と、まるで、もてぎの営業が話すような生真面目なコメント。あそこで、ノリックも一言、「アリガトウ、ヤマハ!」と言ってくれたら、シャレになったのになあ・・・。そんなことは置いておいて、ドゥーハンの話です。このときのドゥーハンは、まだまだ、衰えを見せるどころか、やはり、さすがはドゥーハン恐るべしとばかりに、むしろ、余裕すら感じられ、この先、欧州ラウンドに入ってから逆転劇を見せるのは時間の問題かに思われていました。この「もてぎ」での日本GPがドゥーハンの見納め、現役最後のレースになるとは、誰一人、想像できなかったことでしょう・・・。欧州ラウンドに入り、ヘレスでのスペインGPの予選でのこと。またも、ドゥーハンは大きなクラッシュに見舞われることになります。これでシーズンの大半を棒に振ることになり、結果的に、このシーズンを最後に引退を決めることになりました。92年、オランダ、アッセンで負傷をしたときは、シーズン終盤、痛々しい姿を見せながらもコースに戻って来た彼でしたが、94年から5年連続ワールドチャンピオンを成し遂げ、すでに自分が目標としていたライバル達は戦いの舞台から去ってしまった今、ドゥーハンにとって、GPの舞台は傷ついてまで戦うほどの魅力ある舞台ではなくなっていたのでしょう。「ドゥーハンがいなければ、誰が勝つのか、わからなくなり、もっと、GPは面白くなる。」「ドゥーハンばかり勝って、面白くない。」という声もありました。しかし、いざ、その憎たらしいほどに強かったドゥーハンが去ってみると、どこか、空虚なものを感じ、また、時代が一回りしてしまったなあ・・・・と感じずにはいられませんでした。2000年、鈴鹿での日本GP決勝日の朝。ドゥーハンの引退セレモニーが行われました。場内で、アンドレア・ボチェリの「con te partiro」が流れる中、ドゥーハンとNSRがコースを1周し、日本のファンに別れを告げました。ここに、また、一つのGPの時代が終わりを告げた瞬間でした。写真は先日の全日本でプレゼンテーターを務めたマイケル・ドゥーハン氏。で、隣は・・・おお、藤原儀彦選手!違った、今は監督だそうです。