今日の天気は、晴れです。
昨日は、ヤブ用で家内と札幌迄行って来ました。
札幌で昼食を食べ、帰りに山の家庭菜園へ寄り、おそらく今年最後になるであろうネギを収穫して、菜園で小屋作りをしている人の所へ寄り、薪ストーブで暖を取りながら、お話をして帰って来ました。
 
今日は一昨日、一か月前に九州の大手通販会社のTV通販で購入したTVセットが届き、業者さんが取りつけをしてくれました。エコポイントの申請書が付いていましたので、さっそくエコポイントを申請する為、書類を書き、郵送しました。
 
最初、何で配達迄一カ月も掛かるのかと疑問を持っていましたが、
最近はTVニュース等でエコポイントが来月には半分になるので、掛け込み需要の為、何処の家電店でも混雑をしていて、1時間2時間待ちは当たり前、品物に依っては一カ月待ちの商品も有るとのニュースを見ていましたので、我が家のTVも配達迄1か月も掛かったのはそんな理由だったのかも知れません。
今日の一枚は、先日行って来た白老の仙台藩陣屋跡の写真です。
明治維新前夜、幕命を受けて、東北、仙台藩の藩士たちが津軽海峡を越えて蝦夷地(えぞち【今の北海道】)へ渡った。安政3年(1856年)の事です。
長い間の鎖国を解き、箱舘(函館)港を開港した幕府、北の地をロシアや諸外国から守る為に東北各藩に蝦夷地の警備をさせた時に仙台藩が作った陣屋跡です。
 
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↓陣屋には城閣こそ作られませんでしたが、土塁で陣屋を囲み、外曲輪の中に更に内曲輪を作り、お城と同じ機能を持たせていた様です。
外廓の土塁と門です。
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↓外廓の門です。門を通り真っ直ぐに陣屋の中へ侵入出来ない様に成っていました。
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↓外廓に入ると一番長屋、二番長屋等の建物が有った様です、その後がこの様に保存されていました。
ここは4番長屋跡です。
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↓外曲輪の配置図です。門を入ると正面に更に土手で敵が直進できない様になっていました。
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↓外曲輪を奥に進むと掘りが有り、橋を渡るとそこは、内曲輪となっていました。
内曲輪には、本陣や井戸、食糧庫など大事な建物が有った様です。
まるで作りはお城の様でした。
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↓内曲輪の配置図です。回りは掘りで囲まれていて、橋を渡らなければ中へは入れない様になっています。
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↓内曲輪の中の本陣跡です。
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北海道には本州に有る様な、本格的な日本式のお城は有りませんが、唯一、幕末に出来た松前城が有りますが、この陣屋は城閣は有りませんがその作りは、本州各地に有る、日本式のお城の作りの様に感じました。その意味では、松前城よりお城見たいな感じがしました。
(函館に有る、五稜郭は、幕末に作られた洋式の城閣です。)