旅の前半は、帰省。

旅の前半というか、
旅の大方の目的は、おじいちゃんとおばあちゃんに会いに行くこと。



今日、いつも良くしてくれるおばさんに車を出してもらって、おばあちゃんと広い公園へ。
おじいちゃんは、少し前から支えがないと歩けないので、今回はお留守番。

おばあちゃんは最近転んで怪我をして、あまり出歩かなくなって、でも今日は彩がいるからと、久しぶりに外へおでかけ。



公園に着いて
車を降りて
少し歩いたらまた園内を走る別の車に乗れるからとその乗り場まで歩くことになったのだけど

私が想像していたよりも
おばあちゃんの足取りは重く、遅く。
頼りなかった。


昔から背筋をしゃんと伸ばして、足取り軽く歩くおばあちゃんだった。

けど今日は、うつむいて一歩、また一歩、ひたすら数ミリ先の地面だけを見てしか歩けないおばあちゃんだった。


おばあちゃんの一歩は、
私のほぼ歩いてないのと同じで
速度も、いくらおばあちゃんに合わせて歩こうとしてもうまくいかずどうしても私が先に行ってしまう。

すぐそこにある車の乗り場が
おばあちゃんにとっては気が遠くなるほどはるか遠くにあるもので
「どこまで歩くんじゃ」って、何度も呟いていた。



私は、数年前、おじいちゃんが歩けなくなったときも
同じような気持ちになった。

具体的に、この気持ちの種類とかを説明できないけど。

だけど、「今自分が見たものに対していろんな記憶とか感情とかがごちゃまぜになって塊になって、数分してから自分の背後から喉元に襲ってくるような気持ち」だ。



帰り道。

また乗ってきた車まで歩くおばあちゃんの腕を脇から支えながら、
おばあちゃんはかなりしんどいのだろうか、
いやしんどいだろうな、
これからもっと外へ出歩かなくなってしまうだろうか、
私は心配していた。

もうしんどい、って今にも口から出てきそうな表情をしていて、あんまり目を見れなくて
口元ばかり見ていたから、
おばあちゃんが何か話そうと息を小さく吸ったとき、私はちょっと緊張した。

「これで明日、足が痛うならんかったら、ばあちゃんもまだまだ歩けるって自信になるけぇね、楽しみねぇ」

いっしゅん頭が何も考えなくなった。
見たら、おばあちゃんは笑ってて、
そしたらじわじわと、おばあちゃんの言葉が身体に沁みてきて、私のおばあちゃんがおばあちゃんで良かったって、心から思った。

「そうだねぇ、楽しみだねぇ」




明日起きたとき、もし足が痛かったとしても
また苦しいときがあっても
たぶんまたおばあちゃんは前向きな言葉を言うんだろうと思う。

おばあちゃんの心配するだなんて、
私の方がおばあちゃんに勇気付けられてしまった。

おばあちゃんありがとう。