「最近私は、救命センター研修時代の指導医の先生が、「救命センターでも受入れ患者の年齢を制限しようかと検討したことがある」と書かれていたのを読み、さすがだと尊敬の念を新たにした。救命センターでの医療なんて、誤解を恐れずに言うと、非人道的の一語に尽きる。「命を助けるため」にすべてを犠牲にしているのである。とても、我々の愛する爺ちゃん婆ちゃんに、長い人生の果てに受けさせたいような代物ではない。」

 

・・・具体的にどんな状態か書かれてませんが、チューブだらけの植物人間もしくは、それに近い状態をイメージしていいのでしょうか。

 

「ところで、その後いろいろとお聞きしたところでは、かの指導医の先生はもちろん慧眼の持ち主であるのだが、それとは別に、救命医療の現場はとんでもないことになっているらしい。私は自分が研修した80年代のイメージから、救命センターはバイク事故の若者とか労災事故の壮年とかが担ぎ込まれて来るところと思っていたが、今や超高齢者が「重症患者」として救急車に乗ってやってくるところらしい。なぜ「重症」かというと、つまりは老衰で弱っているからである。」

 

・・・老衰で弱っているから重症って、…そりゃ、そうか。今にも死にそうなんですもんね。

 

「この御時世、「死ぬこと」は人の目に触れないようになっているから、いくら患者が高齢でも家族は「死なないこと」を前提として治療を要求する。そして上記のような「非人道的な治療」の結果、手のかかる寝たきりで「生きてはいる」がそれだけの状態になって、「こんなつもりではなかった」と文句を言われることも多いという。」

 

 

・・・あー、医療の進歩は、安らかに息を引き取るという最期を許してくれなくなったのですね。寝たきりでも延命を続けることをある国の人は「それって、虐待じゃないの?」と言ったそうです。 (つづく)