フューチャリスト宣言

まず、本書について梅田氏は次ぎのように述べます。「私たち二人は、この対談を通じて『フューチャリストへの強い志向性』という共通点を発見した。フューチャリストとは、専門領域を超えた学際的な広い視点から未来を考え抜き、未来のビジョンを提示する者のことである」

梅田氏はアップルの関係者が自分たちのことを世界史の中の三つ目のリンゴだといったことに魅了されたと話します。アダムとイブのリンゴ、次はニュートンのリンゴ、そして自分たちが三つ目だと。私なら三つの目のリンゴはビートルズと言いたいところですが、門外漢の意見はここまで。(但し、リンゴ・スターだけのことではありませんよ)

この二人からはいろいろな言葉を教えてもらえます。

梅田氏から「Information wants to be free」という言葉が出てきます。出典を調べると、1984年にfree content」運動のスローガンとしてアメリカのStewart Brandという人が言ったことに始まるようです。また、オーストラリアのRoger Clarkeも何らかの仕事を先見的に行っているようです。

free content」=オープンコンテント」は、「オープンソース からのアナロジー によって生まれた概念 で、文章 画像 音楽 などの創作物などを共有 した状態に置くことである。法律的に保護された共有と見ることが出来、複製、配布や改変などについての制約がかけられていないことを指したり、またはそのような状態にある創作物を指す」。まさに私がいつもお世話になっているウィキペディアもその一つ。

また、「Rough Consensus and Running Code」という言葉も紹介されます。「おおよその合意、ゆるやかな合意、つまりラフ・コンセンサスですね。最初の合意形成はそのくらいゆるくして、動くコードを作ろうと。最初にスペックをガチっと決めてトップダウンでモノを作っていくのではなくて、だいたいのコンセンサスができたら後はとにかく動くものを作って、それで標準が決まっていく。そのあとはだんだん進化させていこうという考え方です」と著者は解説します。

この二つの英語に表現されるのは、「自由」「無料」「ゆるやかさ」ですね。グーグルによってあっという間に構築されつつあるネット世界でのルールでもあります。この世界、もしかしたら「リアル」な世界では敗北を喫したマルクスが目指した社会に近いのではなかったのかなと思っていたら、茂木さんは次のように指摘していました。

「オープンソースというのは、あるいは知識がフリーだというのは、ある意味、共産主義の理念に似たようなことを情報というドメインでやっている。ところが、起こっている現象というのは、資本主義とものすごくかっちりと結びついていて、フリーという名のものとに作られたアーキテクチャーの方がプラットフォームとして広がって、その参画者が莫大な利益を得たりする。従来の資本主義に対する共産主義とか、そういうメタファーでは、まったくとらえきれない」。

ギークとナード。Geek英語 で変人を意味 し、転じてオタク 意味 するようになった語。とくにコンピュータ オタク を指すことが多い。日本語 の「オタク 」と同じく昔はネガティブ イメージ を持つ語だったが、最近は褒め言葉として使うこともある。ネガティブ コンピュータ オタク を指す語は現在ではnerd

「アルファ・ギーク」とは、「技術があたかも自らの意思を持った人間であるかのような言葉遣いをする人たち」(梅田氏)。または、「産業を変化させる力を持つ新しい技術 に早いうちに飛びつき、ああでもないこうでもないといじくっているうちに、技術 が進むべき方向性を示し始める、先鋭的で飽きっぽいエンジニア (Tim O'Reillyの定義による)

茂木さんはこれからの時代における個人と組織の関係について、「所属というメタファーではなくてアフィリエイト(連携)というメタファーでとらえるべきだ」と述べます。少し、言い方は異なりますが、作家の堺屋太一さんがこれからの社会について「職縁」ではなく「好縁」だと言っていたことに似ています。

こういう個人と組織の関係、新しい連携が今起こっていて、それは「メタモルフォシス」の状態だと。「完全変態の昆虫が、幼虫からさなぎになって蝶になるでしょ。さなぎになったときに、昔の細胞組織が全部死ぬんですよ。どろどろになって、いったん痕跡もなくなったあとで蝶が出てくる。『相転移』ってその前の秩序が全部消えちゃうんですよ。それで新しい秩序ができる」。

メタモルフォセス(ラテン語;Metamorphoses)の原意は、オウィディウスの物語詩。15巻。宇宙の開闢(かいびゃく)からカエサルの星への転身までを、主としてギリシア・ローマの神話や伝説をつなぎ合わせながら年代順に物語ったもの。転身譜。変身物語から転じて「変態」。


梅田望夫

梅田望夫

1960年生まれ。慶應義塾大学工学部卒業。東京大学大学院情報科学科修士課程修了。1994年よりシリコンバレー在住。1997年にコンサルティング会社、ミューズ・アソシエイツをシリコンバレーで創業。2000年には岡本行夫氏らとベンチャーキャピタル、パシフィカファンド設立。20053月より()はてな取締役。IT分野の知的リーダーとして、若い世代からの圧倒的支持を集める。2006年に刊行した『ウェブ進化論』(ちくま新書)は、発売後すぐベストセラーに。他の著書に『シリコンバレー精神』(ちくま文庫)、『ウェブ人間論』(共著、新潮新書)。


茂木健一郎

茂木健一郎

1962年東京都生まれ。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京工業大学大学院連携教授。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専攻は脳科学。「クオリア」(意識の中でとらえられる質感)をキーワードとして、心と脳の関係を探究している。著書に『クオリア入門』(ちくま学芸文庫)、『生きて死ぬ私』(ちくま文庫)、『意識とはなにか』『「脳」整理法』(ちくま新書)、『脳とクオリア』(日経サイエンス社)、『心を生みだす脳のシステム』『脳内現象』(以上、NHKブックス)、『脳と仮想』(新潮文庫)などがある