5:30といえば、まだ夜明け前。6:00開始のセミナーに参加するために家を出ました。道を間違えてちょっと遠回りしたために会場のホテルに到着したのは5分前。事務局の方の報告だと本日の出席者は、3747名。前回よりは減ったとは言え、皆さん元気です。

「我が願ひたぐひも無けれしみじみと人類の幸思ふなりけり」

これはこの会の創設者の晩年の一句。今年に入っても不二家、日興コーディアルの不祥事が報じられましたが、いわゆるコンプライアンスの問題は企業人にとって昔も今も変わらぬ企業倫理であるはずなのに、こうした問題が止まないのは「人類の幸」より「目先の利益」に走らざるを得ないと思う経営者が少なくないということなのでしょうか?




丸山敏雄

「創設者である丸山敏雄は、明治251892)年55日、現在の福岡県豊前市合河町に生誕しました。
尋常小学校・高等小学校を経て、16歳で小学校准教員の免許を取得。大正51913)年に小倉師範学校を首席で卒業後は、郷里の八屋小学校に勤務しました。しかし進学の思いはつのり、広島高等師範学校に入学します」。

「同校を卒業すると、福岡県立築上中学校教諭として奉職し、同年に神崎キクと結婚(29歳)。さらに久留米の県立中学明善校から長崎女子師範学校へと転勤、首席教諭(教頭)として教鞭をとるかたわら、考古学・民俗学の実地踏査を行ない、日本古代史の研究にはげみました」。


「長崎の地でカトリック信者の熱狂的な信仰に接した丸山敏雄は、歴史教育者として民族の本質を根本的に研究し、不抜の信念を得なければならないと痛感。学問をさらに深めたいと願い、昭和41929)年に広島文理科大学へ入学します。すでに2児の父、37歳でした」。


「大学では専攻する日本古代史の研究に励むとともに、尊敬する西晋一郎教授から哲学・倫理学の講義を受け、個人的にも親しく教えを仰ぎました。卒業論文には『我が国古代に於ける神人交感に関する研究』を執筆しています」。(倫理研究所HPより)