「神様のパズル」は「壮大なプレゼン映画」だ!三池崇史&角川春樹コンビの強烈演出にブッ飛んだ! | AsobLab@Ameba

「神様のパズル」は「壮大なプレゼン映画」だ!三池崇史&角川春樹コンビの強烈演出にブッ飛んだ!



「神様のパズル」は角川春樹と三池崇史というかなりぶっ飛んだコンビによる映画である 。
原作はハルキ文庫からでているSF小説である。

数ヶ月前、縁があってこの映画のプロデューサの某氏をご紹介いただいた。
某氏は「男達の大和」いこうの角川春樹映画のスポンサーである。
本作に関しては「大衆向けにつくられていないね」とのことであった。

その話が頭の片隅にあったので「神様のパズル」にはいささか引き気味だったのだがとも かく観てみることにした。

確かに氏のいうようにこの作品は爆発的なヒットには至らないかもしれない。
しかし、三池崇史&角川春樹コンビは素晴らしかった。

特に終盤のクライマックスの演出は三池崇史の世界観が全開であった。
映画の内容に触れてしまうので詳細は避けるが「喜びの歌」のシーンに関しては素晴らし いの一言だ。

そこからの数分は本来は感動しなければいけないはずなのだが実はずっと爆笑のしっぱな しであった。
あまりにもぶっとんだ台詞まわしに笑いがとまらない。
しかし、まわりは誰も笑っていない。
そして画面ではまさに「○○握ってきたぞ」のシーン。

「そうきたかよ!!」

と思わず叫びたくなるような台詞と演出。
ありえん!!!

あれをやれる人はそうそういない。

あのシーンに、

あの台詞、

心底、感激してしまった。
映画の内容に触れざる得ないのでストーリーについてのコメントは避けるが「神様のパズ ル」を一言でいいあらわすならばこれは壮大な

「プレゼン映画」

である。劇中のかなりの部分が「宇宙をめぐる哲学的思考」についての「プレゼンテーシ ョン」によってなりたっている。映画監督が映画というメディアを使ってプレゼンテーシ ョンを行うとこうなるのだろう。

中盤、説明的な箇所があって、そこがくどかったように感じたが、いまとなってはどのシ ーンだったか思い出せないくらいなのでたいした問題ではない。

そもそもがマンガなのりなので主演の二人にも違和感がなかった。
市原隼人はなにしろいい味を出している。

主人公のキャラ設定は編集王の桃井環八と非常によくにている。

知識はないがピュアで行動派。
真っすぐで不器用。

非常に好感が持てるキャラである。

もうひとりの主人公を演じる谷村美月もよかった。
谷村美月は映画館の上映前に盗撮に対する警告フィルムに出演していた黒い涙を流す少女 である。

そうだ、思いだした。
この映画で一番良かったのはラストシーンである。

映画が終わる最後の瞬間。
谷村美月が0.5秒くらい笑顔をみせる。
このシーンは本当に素晴らしかった。

なんというか「ライブ感」があった。
あー、きっと角川春樹氏はこの笑顔を撮りたかったんだろうな、と僕は思った。

あの0.5秒だけ別の映画のようだった。
牛頭(GOZU)もそうだが三池崇史の作品は最後数秒でそれまでの2時間近くの時間を 全く別な印象に変えてしまうところが好きだ。

映画全体を通しては見所突っ込みどころ満載なのだがそんなことはどうでもいい。
クライマックスで市原隼人がみせるアクションの次のカットでのぶっ飛びっぷり。
そしてラスト0.5秒の谷村美月の笑顔。
この二つだけで僕は拍手を贈りたい。

先日の「僕の彼女はサイボーグ」もそうだったが映画全体がつくりだす世界観は実にマン ガ的だ。
こうしたモードはハリウッド映画には少ない。

日本、あるいはアジアの映画力(ぢから)はこうした方向にあるのではないだろうか。
あとはこの種のモードを持つ映画をどうやって新しい産業構造につなげていくか。
どうプロデュースするのか。
その答えがみつかればハリウッド映画のカウンターとして面白いことになるのではないか と思う。

ちなみにこの映画の後で「ラスヴェガスをぶっつぶせ」を観たのだが定石通りのつくりで 全く印象に残らなかった。