結論、虐めは無くならない。
それが私の出した答えです。
何故なら私達は必ず他人と関わって生活しているからです。
私達は皆他人に自分を認めて欲しいという承認欲求を持っています。
私達のいる社会の中には様々な人がいて、その中には自分の事しか考えていない自己中心的な人がいます。
自己中心的な人は他人を見下し、力で押し付けたりして、自分がより優れた人間であるとアピールします。
仮にこの人物を“ジャイアン”とすると、その他の人間は“スネ夫”か“のび太”になります。
“スネ夫”と“のび太”に力の差はありません。
(実際は経済力という大きな差がありますが、スネ夫はそれを上手く活用していますね。)
“ジャイアン”の強大な力から逃れる方法は一つ。
“ジャイアン”に媚を売りまくる、つまり“スネ夫”になる事です。
そして、“ジャイアン”と共に“のび太”を見下し、一緒になって力で抑えつける事で自分も強い存在であると思い込みます。
結果、“スネ夫”にはなれなかった“のび太”は“ジャイアン”と“スネ夫”の両方から虐めを受け、辛い思いをする・・・。
普段乱暴者の“ジャイアン”ですが、たまに優しくしてくれる時があり、そんな時“のび太”は嬉しそうにします。
普段は自分を虐めている憎くて憎くて憎くてたまらない存在なのに・・・。
そしてまた乱暴者の“ジャイアン”に戻り、“のび太”は普段通り虐めを受ける・・・。
そんな日常の繰り返し。
もし“ドラえもん”がいなかったら“のび太”は“ジャイアン”達と友達になれたでしょうか?
もちろん“ドラえもん”の世界の中の“のび太”は少しずる賢い部分もあったりしますから、必ずしも“ジャイアン”達が悪いとはいえないかもしれません。
でも、現実にこんな虐めがあったら我々はどうしたら良いのでしょうか?
①知らないフリをする。
なるべくイジメっ子とは関わらないようにして、虐めから目を背ける。
②イジメっ子と仲良くする。
自分が虐めの標的にならないようにイジメっ子と仲良くする。
上記の“スネ夫”パターン。
③イジメっ子と対立する。
虐めは良くない!イジメっ子からイジメられっ子を守る!
多いのは①か②のパターンではないでしょうか。
③はまさにヒーローのように格好良いかもしれませんが、自分が虐めの標的になる可能性が高くなりますし、仮にイジメられっ子を助けてあげられても、いざ自分が虐められた時、その子はおそらく助けてはくれないでしょう。
何故なら虐めの身代わりになってくれる存在が現れたのだから・・・。
③がもし集団で行われたら、イジメっ子の虐めは無くなるかもしれませんが、それはそれでまた新しい虐めになるのかもしれません。
このように虐めは決して無くなりません。
そして恐ろしい事にそれは大人になってからも続くでしょう。
では本題に入ります。
どうしたら虐めは無くなるのか。
はっきり言って、虐めに対する取り締まりを強めるしか方法は無いと思います。
全ての暴力(性暴力を含む)、暴言に対する厳しい罰則をつくり、大人も子供(善悪の区別がつくようになってから)も厳しく取り締まる。
虐めは犯罪です。
誰もかれも人を肉体的、精神的に傷つけてはならないようにするべきです。
・・・もちろん、こんな事は現実的に不可能です。
(話が変わりますが、殴る蹴るなどの暴行や性犯罪に対する取り締まりが甘過ぎると思うのは私だけではないと思います。)
“表現の自由”という言葉の意味を履き違えて、他人を精神的に攻撃する人もいます。
こんな厳し過ぎる社会の中で私達は生きていかなくてはならないのです。
だから将来子供を持つ事も恐いのです・・・。
人間は誰しも幸せになるために生まれてきたはずです。
どうしたら争いの無い平和な世界にしていけるのでしょうか。
そう考えながらも、結局私は今日もゲームや本の世界という現実逃避にのめり込んでしまうのでした。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。