衝撃的なタイトルですみません。
でも、ほんまのこと。
その前後にちょこちょことUPしたいことはあったのですが、なかなか書く気になれなくて。
仕事なら書けるのにね(笑)。
それは、7月末の早朝の出来事。
妹からメールが届いてました。
もう嫌な予感しかない。
・・・北海道のおばあちゃんが亡くなったとのこと。
私は奄美大島の父と北海道の母の間に生まれたので、母側の親戚はALL北海道。
母に電話をすると、その日のうちに北海道に上京するようにと言われたと。
私はその日にもその翌々日にも外せない仕事が入っていた。
でも、身内の大事な時くらい、どうにかしたい。
じゃあ、子供はどうする・・・。
実は似た状況が4年前にありました。
その時は北海道のおじいちゃんの死。
当時、私は産後3か月。息子はまだまだ乳飲み子。
そんな状況で北海道へ行くこともできず、泣く泣く諦めました・・・。
だから今回はどうしても行きかった。
でも、おばあちゃんは分かってたんやな。
賛否両論ある。
家族の最後くらい、行けよって思う。
でも、でも、でも。
みんなが少しずつ無理しまくって、自分以外の大事な人に負担が大きく掛かるとしたら?
子供をいつも通り保育園に送り、念のためフライトを調べたところ、
母の実家は北海道の釧路の白糠という田舎。
千歳空港からさらに釧路空港まで行き、特急に乗るという状況。
移動だけで半日以上掛かる。
飛行機のフライト時間は1時間後やった。
でも、私ならどうとしてでも行く。
という人もいるだろう。
でも私にはそれはできなかった。
みんなが無理し合って帰省することほど苦痛なことはない。
ましてや小さな子供も一緒。
おばあちゃんなら、
「なんでそんなんして来るの。あんた自分の仕事あるっしょ。責任あるっしょ。
いつでも来たらいいでしょ。今、来なくてもいい」
とはっきり言われそうな気がした。
事実、その日の晩、下の子が熱を出した。
もしそれが無理やり北海道まで連れて行っていたらと思うと、
逆に親戚に迷惑を掛けただろう。
正直、久しぶりに全く仕事に行きたくなかった。
どうやって休もうかと思っていた。
仕事をする精神状況ではなかった。
でも、北海道にも行けなかった自分が出来ることは、やっぱりそれしかなかった。
結局仕事で救われたところはある。
でも、やっぱり家族は何をしてくれなくても存在だけで支えてくれてるところがある。
おばあちゃん、伝えたいことは山のようにあるんやけど、
ごめんなさい、まだうまく言えないよ。
でもね、私、一生懸命に生きるから。
いつかおばあちゃんとおじいちゃんのお墓に行って、手を合わせることが出来る日には
確実に今よりステップアップして、
「やっぱり、陽子の長女やね」
って言ってもらえるように頑張るから。
その時には会わせてあげられなかったひ孫も連れて行くからね。
だからそれまで時間が掛かるかもしれんけど、待っててね。
おばあちゃん、ありがとう。
おじいちゃんといつまでも仲良くね。