2月のヨーロッパは寒くて、外を歩き回ると顔がカチカチになるぐらい凍り付いた。歴史を遡るような形で近代から中世、紀元前、古代文明へと私達の旅は後半へと向っていた。

既に旅を続けて四週間目ぐらいだったか、ギリシャに降り立った夜は、祝日に当ってしまい町中から光が消え、ひっそりと、神秘的な月夜にゾクゾクした。日本の醤油やら、味噌が恋しくなってきていたのもこの頃、、Hotelには我が家からの手紙が届いていた。『倫さんへ。。。丁度今、夕飯が終わり皆で手紙を書き始めたところです。ちなみに夕飯は焼そばでしたよ!この間のハガキで本場のイタリアンを満喫出来たようで羨ましいです。発砲水しかないと聞きましたが皆飲み水が炭酸でお腹が膨れないのかしら?ママより。。。順調に旅を満喫出来ているようで安心してます。滅多に目にする事が出来ないからと吸収に夢中になっているようだが、くれぐれも身体には気を付けて、皆と仲良くやるように!パパより。。。おねいちゃんからこないだ着いた絵葉書、ロン毛の男の肖像画?自画像?何にしてもちと気持ち悪かったよ~今度は、景色とかの綺麗なヤツで送ってね!休みの課題が終わらないよぉ。。。妹ちゃまより』


ロン毛?あぁ、、デューラーか。(デューラーは当時宗教絵画だらけの中で、イタリアの山々を歩きながら野うさぎや、草花をスケッチして名を残しており言わば、静物画の生みの親、神様みたいな人物だ、彼の自画像の絵葉書、、気持ち悪いかぁ、、)

「わぁー、又届いてるぅ、倫のパパりんマメだよね♪」四人で覗き込むように手紙を読んでいると、キリちゃんがシャッターを押しながら近づいて来た。キリちゃんは、私達の2つ年上で大学では造形デザインを専攻している。初顔合わせの時は綺麗なLONGHairだったのに、成田であった時は別人の様なVeryShortに変わっていてビックリした、透き通る白い木目細やかな肌と大きく潤んだ茶色の瞳、スッキリとした鼻筋が北欧の人みたいにキュートな子だ。何時も一眼レフを持ち歩いていて、旅の風景や美術館では無く周りの人間を撮っている。彼女らは三人で参加していて、同じデザイン科で、抜群にセンスの良いクリちゃんと何時もビデオ撮影をしていて日本美人のワカドとteamだった。個性的で、素敵なお姉ちゃんが出来たようで、私はしょっちゅう部屋に行き来していた。

私の父は、マメで、各国に着くごとにこうした手紙がHotelに届いてる。皆日本の情報が欲しいのか羨ましがったけど、何だか私は複雑だった。皆のパパはこんな暇が無いぐらい忙しい人なのに、、同じ学校の子達の親は各界で有名な人ばかりだった、芸能界の人も居たし、カリスマ美容室の経営者やら、都庁作った丹下氏やら、イラストレーター、画家、彫刻、インテリア、、、有名処の社長なんて大体皆の親だった。父も、K大を出て一応はエリート会社に勤めたそうだが、転勤の話が出てあっさり会社を辞めたそうだ。その後は、色々な職を転々とし、安い給料で今の会社に勤めている。雑学王で話につきないし、大抵の事柄は本よりパパに聞くほうが分かりやすく面白いけど、あんまり無理して働くのが好きではないし家族をとても大切にしていた。母も一応は某有名女子大O大学出身で、大手企業に勤めて居たが寿退社して学費のかかる私達の為に又、別の大手企業に働き続けた。小さい時は、風呂無しオンボロアパートを二つ借り寝る時も肩を寄せるような生活だったけれど、爺ちゃんが小さな会社の専務で多少裕福だったのと、ママの実家が大金持ちだったので、貧乏とかの感覚は無かった。この時も家を爺ちゃん家と二世帯にするのに、建て直し最中でマンション暮らしだったけど、別段不服は無かった。ただ、周りを見ると、格差に複雑さは感じずにはいられず、半分家族を愛し半分情けないと思い馬鹿にしている部分があった。(幸せは、その中でぬくぬくしている時はその有り難さに気が付かず簡単に手放す様な事もしてしまう。無くなった時それに包まれていないと感じた時に初めてそれが幸せだったのだと気付く。簡単に手に入れられる様で実は実体が無い分手にするのは困難なのだと気付く。。。)

「わぁー、焼そばだって!食べたいねー」ケタケタと大きな声でキリちゃんが笑った。「何かホームシックだわん」Aちゃんも日本食が恋しいらしい。
「でも、次のエジプトで倫達とはバイバイなんだねー、そっちのが辛いわー」とキリちゃんは言う。
この旅行は、そのままトルコに回る組と次のエジプトで、日本に帰る組とが一緒に旅していた。私達は次のエジプトで、成田だ!!トルコに興味が余り持て無かったので、こんなもんでいっかーと四人で決めたのだけど、その判断は良かったかもしれない。

早朝から、また美術館巡りで、散々デッサンで描きまくった、ギリシャ神話の彫刻を見た。私達が描いていたのは勿論複製の石膏像でこちらは現物の大理石なんだけど、今一つグッとこない。。カクカクしてなくて丸っこいんだなぁー思ってた気持ちの方が強すぎたのか、想像が膨らみ過ぎていたのか、ブルータスもアポロンもチンケに見えた。この土地の持つ底知れないパワーある景色のが数倍魅力的だと思った。サモトラケのニケだけは(勝利の女神、翼を広げ首から上と腕が無く、航海の際船首にあったとか何とか、、)私にパワーをくれた。首が無いのに、微笑みながら力強く背中を押し出してくれてさえいる様にも感じ、立ち尽くしたまま何分も見続けられた。


その後は海が見たくて、海岸沿いにたたずむ白い建物を見ながら、散歩した。途中何度も祝日を祝うギリシャ人からお酒を飲まされ、一緒に歌ったり踊ったりして楽しんだ。
「そのカメラは何処で売ってるんだ?凄いな?(恐らくこんな様な事)」
「あ、き、は、ば、ら!」ケタケタケタ「ア、キ、ハ、ラ、バかぁ凄いなぁ!日本は凄いな」「ケタケタ、、うん!でも、ギリシャも凄いなぁ」「ハッハッハ、そりぁ~ギリシャは最高だ!」「うん!最高だぁ~アハハ」意気投合~暫く、踊りまくる四人とギリシャ人数名
~これは、お酒ですか?と言うか、消毒液?凄い度数高そうな匂いするね、、、


てか、話がそれてエジプトまで着かなかった。。。
自分の見てきた物事を文章にするのって本当大変。。本が映画化された時に、ガッカリするのと似てる。
各国周りながら、感じたのは、どの国もカラーがあって、自国の歴史から文化、建物にいたるまでを、それぞれが愛していて、誇りを持っている。。と言う事。流され、皆が今注目している事や服装流行りのものを持っていて安心するような国民性の多い(今は、大分変わったけれど当時の日本は同じ髪型やら服装を街の至る所で見かけられたからね、、)日本とのあまりの差に愕然としました。

新しい物事にも、皆が集って良いと思ってしまう事も決して悪い事ではないけれど、新しいものを見つけたり聞いたりした時に、自分の中に取り入れる方法が、そのままでは無くて、自身にとって良い面と悪い面を見分けてから、アレンジしてこそベストな自分が生まれる訳なのね、と何となく、悲しいなぁと思ったし、行き交う人たちや、建物、映る風景に羨望した。


私達は、日本からの添乗員(30代男性、過去何年も美大生のツアーに同行していて、その度に誰かしらを食う、、1ヶ月以上外人ばっかの中で日本人が1人居たらね、素敵な人に見えちゃいますよ、極限状態って怖いわ)と、爺と呼んでた名誉教授(行方不明二回朝帰り、ヴェルサイユ宮殿見ていて「飽きたなぁ~」と呟き、以後私達4人組と意気投合)美大生(全員女)二十人ぐらい、、で行動。各国に日本語ペラペラのデープスペクターみたいな外人コンダクターか、その国に住んでる日本人コンダクターが付いた。国間移動は電車か飛行機、国内はバスって感じだった。今だったら絶対無理がある過密スケジュールで良く付いて行けたなぁと思う。


寝台車移動は三回ぐらいあったかな?新幹線より三倍ぐらい綺麗なのだったり、三段ベッドでトイレが溢れたのもあったけど、泊まったホテルは皆4~5つ星の割合良いとされてるホテルで、やりたい放題させて貰った。備品倉庫の場所は必ずチェックして、小瓶のお酒は何十本も戴いたし、良いお土産になりそうだなぁと思った物も有り難く戴いてチェックアウトした。
二人一組のお部屋なのだけど、そのまま寝てしまう事も有れば、四人一緒に寝ていた事も有るし、誰かが抜けている事も有れば、朝まで四人で遊んでいたり、教授の部屋やら他のチームの部屋にと、ルールなんて無かったし、適当、自分のやりたい通りが出来たから楽しいのも当たり前か。。
教授の朝帰りは、セーヌ川で余韻に浸りながら散歩していたら、ジプシーに根こそぎ取られホテルに警官と帰ってきた時と、ピラミッドで眠りこけて、、(誘ったのは私達なんだけどあんまりにも気持ち良さそうだったから置いてきた。いや、ピラミッド観たら夜抜け出してあの上でゴロンとなって見る夢ってどんななの?って思うよ)


一応、美術史は頭に入っていたから、名所も城も墓も遺跡も、どう言う背景があって歴史があって意味合いやら国宝級なんだって事は解っていても、中の方でドクドクする程、感じ取る物は1日に一回あるかないか、お金を出してくれた親には申し訳ないが、ビビっとくるもの以外は、流し見か抜け出し、、城はアールデコの煌びやかやらゴテゴテ、天井までびっしりあり過ぎに飽きちゃうぐらい、、
パルテノン神殿も工事の手掛けが妙に覚めてしまい興味持てず、、ローマのコロッセオは良かった、走り回っていて集合に一時間遅れた。ヴェニスの仮装PARTY?お祭りみたいなのも、ちびっこからお爺ちゃままで顔にpaintしたりで、私達もはしゃいで、魚人になってみたけど、、現地ウケしたので、調子に乗って大人数で祭りやっていて、行方不明事件になった。美術館では、遠足で来ていた子供達が、大きな絵の前で寝そべって、描いている姿やら卵が絵画を模写して勉強している姿が印象的だった。
ウィーンでクリムトの接吻を観て包み込まれるような愛の形にうっとりしたりドキドキもしたが、クリムトの弟子エゴン・シーレの浮世絵みたいな画風と気違い見たいに力強かったり弱々しかったりね筆遣いにもドクドクした、ピカソのゲルニカは、苦しいのと痛々しいのと叫びで、切なくて涙が出た。あまり、戦争の悲しみは好きではないけれど、胸を打つ絵だった。絵が持つパワーをどう受けるかは、十人十色だし、その時の自分次第で、どうとでも変わるから、今観たら、感極まるものも沢山スルーしてしまったかも知れない(実際、10才の時に大好きだった、マグリットや、シャガールはこの当時は好きではなかったし、改めて20代後半で文化村に来たマグリットを見て有りかも知れない。って感じたから)。


各国で出会った人達も皆魅力的だったけど、最後に回ったエジプトが強烈で刺激的で民度も素晴らしくて、今まで回った中で一番好きだと思った国だ。


エジプトの良さを一回の投稿で絞めるのは無理だわ。。実際、この旅行での1日1日を言葉にするのは想いが巧く伝え切れていないと思います。私が腐ってしまっているのか、元からなのか不明ですが、、、
ただ、思うのは、この時、感じ取る事が出来て何が大切で、どう生きて行きたいかハッキリと掴んで居たのに、どうしてなんだろう?と自問自答しながら、過去と向き合ってます。。
私達四人は、1ヶ月以上生活を共にしたが、結束が強まる事はあっても、喧嘩は不思議と無かった。寧ろ、互いの魅力に気付き、楽しくて楽しくて一緒に居る事が、幸せでたまらなかった。とは言え、ベタベタした感じでは無く、空気みたいな感じかな。。其処に居るのが、当たり前で、面倒だったり、邪魔だったりって事がない(友達なら本来在るべき姿なんでしょうね、、だから今現在も続いているのだろうし。。)

彫刻家の娘、Gちゃんは、話し方がスローテンポで、悪気無く毒舌だから、気持ちが良い。雰囲気が、ほんわかした日向みたいな可愛らしい子だ。

建築家の娘、Mは、ハーフの様な容姿で背が高くモデルみたいな感じだけど、抜けてる事が多くて、不器用だから、勘違いされ敵を作ってしまう事が多く、放っておけない子だ。(容姿は違うけれど、私に似ているところがあるのかも、お互いに助け合ってた様な気も。。)

Gちゃんと、入学式の時に追っかけて、無理矢理、友達になって貰った、Aちゃんは、私達より一つ年上で、下北辺りに住んでいた。彼女は、ボキャブラリーが豊富で(いや、別世界、、芸人sunなら先ず売れっ子だったと思う)、容姿はBIGINそっくり深いパーツと暖かい雰囲気が堪らなく、素敵だ。一番繊細な子だとも思う。

まぁ、語りだしたら限りがないのだけれど、そんなに良い友達が居てなんで、方向が真逆になるの?途中で仲が途絶えたの?その程度なの?と、不思議に思う方もいると思うが、まぁ、ゆっくり先のお話を読んで頂ければ、ご理解されると思うので、その話は後程。。

人の出逢いって不思議ですよね?用意されていたかのような出逢いやら、運命を変えてしまう出逢いがあって、この当時の私は、まさか、たった一人の人間との出逢いで、真逆の人生を歩む事になるとは夢にも思っていなかったし、真逆に堕ちていく道程で、気が付かない事にも、今では、不思議で仕方ない。。。


ARTの方は、Gちゃんは、雰囲気とは別のシャープで、すっきりとした世界観がある。Mは、天性の色彩感覚と天才的な空間取りで、抜群に巧い。二人とも、描き始めると一言も喋らず何かに取り浸かれているのかと思う程別人に変化する。Aちゃんは、描く事よりも、洞察力がずば抜けていて、普通の人とは違ったアンテナが出ているのかと思う程、良いもの新しいもの、これから来る的なものを見抜く力がある。ただ、私と同じくそれぞれ欠けた部分を持っているので、四人で1人の人間だったら最強のアーティストだったのに。。巧いこと行かないもので、皆、欠けた部分を埋め合わせつまづきながら、現在はそれぞれの道で、頑張ってる感じだな。。


皆さん、明けましておめでとう!! まだ上手く文章にならないのが残念なのですが、ゆっくりのんびり、今年も向き合って参りますので、宜しくお願いいたしますm(__)m