3回目の四国 | あんそんみんの音‐安聖民のおと

あんそんみんの音‐安聖民のおと

ソリになる前に私の中に生まれる音たちを
思いのままに綴っていきたい・・・

公演で、四国徳島に行ってきた。

朝8時35分の高速バスで出発。今日話す内容をあれこれと考えながら、11時に徳島駅に到着。
担当の方と落ち合い、打ち合わせをしつつ会場へ・・・。
1年ぶりに訪れた文化の森はなんだか懐かしく、変に徳島との縁を感じてしまう・・・。

パンソリだけでなく、自分自身についての話も聞いてもらいながらの公演(講演?)は久しぶりで、
やっぱり緊張もし、うまく話せるのか不安だった。
約2時間の講演を終え、担当の方や聴衆の方に「いい話を聞かせてもらった」と言ってもらっても、
やっぱり、どうも満足はできない。



在日朝鮮人として生まれて42年。
自分が何者なのかを考えずに生きた幼い日々・・・
本当は何者なのかを解りながらもあやふやにしたくてあやふやにしてしまった少年期・・・
いい出会いをきっかけに、自分が何者なのかを掴み直そうと思った青年期・・・
そして、しっかり掴んだ自分自身をどうにかして体現しようともがいている今・・・

今までの紆余曲折を言葉にするのは本当に難しく、
それでも、「伝えたい」「わかってもらいたい」と思うからこそ言葉にしようとするんだけど、
力不足をひしひし感じてしまう・・・。



地球で人間として生を受け、その人間の中でも朝鮮民族として、
朝鮮半島ではなく、日本の地で生まれた私。
日本の風土や情緒の中にあって、その影響を受けて育った私。
3世の私が「理屈抜きで朝鮮人である」ことは難しく、
だからこそ、今でも探し、追い求める民族の“何か”は数限りない。
日本が朝鮮を植民地にしたという歴史を実体験の一部として経験しているが故に、
自分の中にある“日本”を認めたくなかった時期もあった。
“日本”を否定することで、自分の中に残る“朝鮮”を肯定する・・・そんな方法でしか
民族と自分のつながりを捉えられなかった時期もあった。

でも今は、全てをひっくるめた自分が自分なんだと思う。
そう・・・日本的な情緒も、朝鮮的な感覚も、全てが私そのものだ。
そう思えば思うほど、在日朝鮮人がこの日本社会で、どう存在するのかを知らせたいと考えてしまう。
自分自身、もっともっと自分が知らない“朝鮮”を知っていきたいと考える。

「自分を産んでくれた親、自分の出生に繋がる祖先が大切にしてきたものを自分も大切にして生きる」


私にとって民族的に生きるとはそういうことだと思っている。
私の中には日本的な情緒が疑いもなくある。
しかし、私をこの地球に存在せしめた祖先たちの朝鮮的な感覚だって疑いもなくあるんだ。
そのことをちゃんと捉えて生きていきたい。


今日、そんな気持ちを伝えた気になってるけれども、しっかり話せたのか、やっぱり自信がない。