昨日、UFC115のセミメインにてミルコ・クロコップ選手がパット・バリー選手と対戦しました。

ミルコ選手にPRIDEの頃のようなパフォーマンスをもはや期待出来ないというのを認識しつつも、今回はあの頃を彷彿させてくれるようなパフォーマンスを見せてくれるのではと心のどこかで期待していました。

というのも、試合前にミルコ選手の口から下記のような発言があったからです。

“ここ1年ほど膝の状態が悪く、満足に蹴りを出すこともできなかった。ただ数回の手術を経て、今は膝の状態も問題ない。以前のようなキックを出せるよ。”

確かに蹴りを出せないミルコ選手など、竹刀を持たない剣道家のようなものです。そして、最近のミルコ選手の試合を見ると、明らかに自身の代名詞でもある左のキックを出すシーンが見られませんでした。上記の発言はそういった意味では納得の出来るものでした。

しかし、試合では1Rにスタンドでバリー選手から2度のダウンを奪われる始末。相手のスタミナ切れと、グラウンド対応の未熟さに助けられ、チョークスリーパーによる一本勝ちで勝利を収めたものの、試合前に宣言していた左のキックはなりをひそめていました。

試合中のミルコ選手の繰り出した蹴り技の中で、目立ったものは右足によるサイドキックと最終ラウンドでみせた踵落としのみ。ミルコ選手の必殺技ともいえたミドル以上の左のキックは、全ラウンドを通じて計5本しか見られませんでした。

しかも、試合中に見せた左のハイキックに、それを当てるための導線のような動きが全くといってよいほど見られませんでした。そのほとんどが、やみくもに放ったように見えました。手術で左足が復活したという期待とは裏腹に、そこで見たものは殺傷能力を失ったミルコ選手の左のキックのみでした。

PRIDEの頃に見せていたミルコ選手の左の蹴りは、相手選手にとって本当に厄介なものでした。頭部にもらえばノックアウト負けは必須で、だからといってガードを上げるとミドルにもらって悶絶してしまうという手のつけられないものでした。その左キックがあったからこそ、ミルコ選手の左のストレートもフェイントとして有効でしたし、対戦相手が肉体的にも精神的にも追い詰められるシーンが観る者にも伝わってきました。

今回の試合では、バリー選手がミルコ選手の左キックに脅威を感じたシーンは無かったと思います。もはやミルコ選手の左のキックは、刃を失った剣となってしまったようです。

そして何より、印象に残ってしまったのが、ミルコ選手がストライカーとしての自信を喪失してしまっているのではないかということでした。

ミルコ選手は最後にチョークスリーパーで一本勝ちを果たしましたが、試合に勝って喧嘩に負けたというのは言い過ぎでしょうか。

良く言うとミルコ選手はより自身の勝ちに繋がる試合運びをしたのですが、2R以降あからさまにグラウンドで勝負をつけようという意識がミルコ選手には見られました。スタミナが切れてきたバリー選手に対してでさえも、“もしかすると、打撃勝負では負けてしまう可能性があるかもしれない”という恐怖が少なからずあったのだと思います。

以前は、例え相手がストライカーであったも、ミルコ選手は無理にグラウンドの状態に持ち込もうとはぜずに、スタンドでの攻防をよしとしていました。

試合に勝つということを優先すれば、ストライカーとしてミルコ選手に敬意を払い挑んできたバリー選手に、グラウンド、グラップリングでいった方がより勝ちが見えてくるという思いがよぎったのは当然のことかもしれません。

ただ、例えば総合格闘技界ではストライカーとして名をはせていたボブチャンチン選手とPRIDEで対戦した時のミルコ選手と、今回のミルコ選手ではストライカーとしての意識の差が歴然としていました。

バリー選手同様に、ストライカーとしてミルコ選手に敬意を払って挑んできたボブチャンチン選手に、ミルコ選手は“真のストライカーは俺だ!”と言わんばかりに必殺の打撃で勝負をつけました。あの時のミルコ選手に、ストライカー相手に打撃以外で決着をつけるという考えはあったのでしょうか。仮に現在と同じレベルのグラウンド技術があったとしても、ミルコ選手はおそらく微塵もそのような考えはなかったと思います。

ミルコ選手はストライカーとして、そして自身の左キックには絶対的な自信を持っていました。そのストライカーとしての自負心こそが、ミルコ選手の格闘家としての強さの源だったと思います。



自らの左足を完治したと言いきり、今回のバリー選手との試合に臨んだミルコ選手。もはやミルコ選手にとって言い訳のできない試合でした。試合後のインタビューでミルコ選手は“コンディションはPRIDE無差別級GPで優勝したころよりも良い”とも言っています。つまり、先日の試合が現時点でミルコ選手が見せれるベストパフォーマンスなのかもしれません。

UFC115でのミルコ選手の試合は、ミルコ選手の肉体的な限界を最終通告されてしまったと同時に、PRIDEの頃のミルコ選手は本当に強かったことを思い出させるものでした。

ミルコ選手のクロアチアの国旗をベースにしたトランクスにつけられたいた、日の丸のロゴが少し眩しく目にしみました。